「あたしがあたしであることの証明に…
あたしを抱いて」
愛されてなくてもいい。
愛してなくてもいい。
触れられることであたしがあたしでいられるのなら、誰だって構わない。
その手があたしを形作る。
その手があたしをこの世界に押し留める。
消えるわけにはいかない。
消えることもできない。
あたしはここに居続けなくてはならない。
あたしは、失った温もりを取り戻すのに必死だった。
他の何でも埋められないことは分かっている。
それでも貪るように、あたしは人の体熱を求めつづけた。
何人だっただろう。
顔も名前も忘れたけれど、その何人かを経て、あたしはようやく最初で最後の人に巡りあった。
闇獄界へ向かう船の甲板。
育「風、お前はもし炎が闇獄界についていたら、闇獄界まで追いかけていったか?」
風「もちろん」(即答)
育「ならば、もし炎が闇獄界に生まれ変わっていたら、今からでも闇獄界につくのか?」
風、ちらりと育を振り返る。
風「炎は闇獄界に生まれ変わっているんですか?」
育、風を見つめ返す。
風「約束したんです。どこに生まれ変わっても必ず探しだすと。もし炎が闇獄界に生まれ変わっているというなら……」
育「神界を捨てるか」
風「(口許を歪めてうっすら笑う)それを彼女が望むなら」
育「(目の前に広がる満天の星空に視線を移して)闇獄界にはいないよ」
風「(同じく視線を戻して)そうですか(ひとつ伸びをする)なんだか今晩は飲みすぎたみたいです。兄さんの前で粗相する前に部屋に戻るといたしましょう」
風、マントを翻し、星空に背を向ける。
その背に、育、首のみ巡らせて呼びかける。
育「キース」
ひたと風は足を止めた。
育「キース・ロシュタニカ公」
風、ゆっくりと育を振り返る。
真剣な育と苦笑を浮かべている風。
その二人が睨み合うように視線を交錯させる。
育「西楔周方の第一皇子に生まれながら、物心つく前に周方の宮殿を追われ、産みの母のみならず養父母まで殺された。復讐に人の身でありながら風の精霊王を屈服させて剣を得、第一皇妃を暗殺し、実父の周方王には北楔羅流伽よりアイラス姫を後添えにめとり、二度と自分のような子供が生まれぬよう、善政を敷くように諭した。だが、炎と出逢っていなければ、果たして汝の復讐は周方のみに留まっていただろうか」
風「(口許を歪めて笑い)俺がこの期に及んで裏切るかもしれない、と?」
育と風、睨み合う。
俄に甲板を渡る風が強くなる。
育「炎を失った今、貴殿が神界軍を率いて闇獄界に向かう理由は?」
育、探るように風を見つめる。
風「心配しなくても、俺は闇獄界に寝返ったりはしませんよ」
育「今のところは、だろ?」
風、苦笑。
風「まさか、育命法王ともあろうお方が俺を恐れているんですか?」
育「人の身で風の精霊王を屈服させた力も去ることながら、数々の戦を被害を最小限に抑えて勝利に導いてきたその知略。汝ほどの知将を恐れない理由がどこにある?」
風「買い被りすぎですよ」
育「神界にとっては死活問題だ」
風「育兄さんがそんなに用心深いとは思いませんでした」
育「相手がお前だからだよ(するりと冥摘の切っ先を風の首元に宛がって)」
風「(ちょっと星空を見上げて)強いて言うなら――炎はこの世界が好きでした。その世界を守るのに、他にどんな理由がありましょう。たとえ彼女がいなくなっても、意志を継ぐのが残された俺の役目」
育「(冥摘を引っ込めて)そこまで言うのなら信じよう」
風「俺も一つ、お伺いしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
育「炎の魂の行く先なら教えられぬぞ」
風「なんだ、残念。なら、別の質問を」
育「何だ?」
風「人の身で法王の皮を被って生きてきた俺のことを、貴方はずっと……(俯いて自ら笑い飛ばし)いえ、なんでもありません。兄さん、甲板は冷えますから、寝酒も大概になされませ」
風、踵を返す。
育「弟だと思っているよ」
風、首を巡らせ育を振り返る。
育「そのような口を利く人がどこにいる」
育、ふっと笑ってみせる。
風、しばし育を見つめた後、笑いだす。
風「くっ、くっくくくくく、あははははははは」
育「くっくっくっくっくっ」
ひとしきり二人で笑った後、風、天を見上げ呟く。
風「(炎がいないこの世界に生き続けている理由)――俺は、死に場所を探しているのかもしれません。人の生死を司る貴方ならお分かりでしょうが――それでは、俺はこの辺で」
風、今度こそ甲板を降りていく。
育「楽にはその命、返せぬよ」
風「(足のみを止め)元より、正しき方法で頂いた時間ではございません。覚悟はできていますよ」
これより半年あまり。
俺は闇獄界の下層でこの身を返すことになる。
育兄さんの言う通り、楽な最期にはならなかった。
風「(無数の闇獄兵に剣を突き立てられながら、胸に忍ばせていた炎の髪房の形見を握りしめ)約束は……守る、よ……エ……ン……」
「好きよ、ヴェルド。大好き」
って、本編で聖が言ったのを、もし龍が聞いていたら。
龍:ガビン∑
声すら出ない有様。
一方、第三者のこの人は。
澍煒:ヴェルド様って聖のこと宥める天才よね。それゆえ報われてないのがかわいそうなんだけど」
ヴェルド:(龍の報復に対する冷や汗と、澍煒の言葉に対するショックとで)……(汗)
聖が大好きって言っちゃったらアウトだよなーと思いつつ、言わせてみたいともちょっと思いつつ。
でもどう考えても不機嫌な聖はそんなこと言わないだろうと思ってたのに、なんか機嫌直してころっと自分から言っちゃいました。
もちろん、友人とかそういう大切な人という意味で、ですけど。
ここで「大好き」だけだと友人にも使うことがわかったので、もっと聖の思いを明確化するために出てきたのが「どうしても」という譲れない想い方。