闇獄界へ向かう船の甲板。
育「風、お前はもし炎が闇獄界についていたら、闇獄界まで追いかけていったか?」
風「もちろん」(即答)
育「ならば、もし炎が闇獄界に生まれ変わっていたら、今からでも闇獄界につくのか?」
風、ちらりと育を振り返る。
風「炎は闇獄界に生まれ変わっているんですか?」
育、風を見つめ返す。
風「約束したんです。どこに生まれ変わっても必ず探しだすと。もし炎が闇獄界に生まれ変わっているというなら……」
育「神界を捨てるか」
風「(口許を歪めてうっすら笑う)それを彼女が望むなら」
育「(目の前に広がる満天の星空に視線を移して)闇獄界にはいないよ」
風「(同じく視線を戻して)そうですか(ひとつ伸びをする)なんだか今晩は飲みすぎたみたいです。兄さんの前で粗相する前に部屋に戻るといたしましょう」
風、マントを翻し、星空に背を向ける。
その背に、育、首のみ巡らせて呼びかける。
育「キース」
ひたと風は足を止めた。
育「キース・ロシュタニカ公」
風、ゆっくりと育を振り返る。
真剣な育と苦笑を浮かべている風。
その二人が睨み合うように視線を交錯させる。
育「西楔周方の第一皇子に生まれながら、物心つく前に周方の宮殿を追われ、産みの母のみならず養父母まで殺された。復讐に人の身でありながら風の精霊王を屈服させて剣を得、第一皇妃を暗殺し、実父の周方王には北楔羅流伽よりアイラス姫を後添えにめとり、二度と自分のような子供が生まれぬよう、善政を敷くように諭した。だが、炎と出逢っていなければ、果たして汝の復讐は周方のみに留まっていただろうか」
風「(口許を歪めて笑い)俺がこの期に及んで裏切るかもしれない、と?」
育と風、睨み合う。
俄に甲板を渡る風が強くなる。
育「炎を失った今、貴殿が神界軍を率いて闇獄界に向かう理由は?」
育、探るように風を見つめる。
風「心配しなくても、俺は闇獄界に寝返ったりはしませんよ」
育「今のところは、だろ?」
風、苦笑。
風「まさか、育命法王ともあろうお方が俺を恐れているんですか?」
育「人の身で風の精霊王を屈服させた力も去ることながら、数々の戦を被害を最小限に抑えて勝利に導いてきたその知略。汝ほどの知将を恐れない理由がどこにある?」
風「買い被りすぎですよ」
育「神界にとっては死活問題だ」
風「育兄さんがそんなに用心深いとは思いませんでした」
育「相手がお前だからだよ(するりと冥摘の切っ先を風の首元に宛がって)」
風「(ちょっと星空を見上げて)強いて言うなら――炎はこの世界が好きでした。その世界を守るのに、他にどんな理由がありましょう。たとえ彼女がいなくなっても、意志を継ぐのが残された俺の役目」
育「(冥摘を引っ込めて)そこまで言うのなら信じよう」
風「俺も一つ、お伺いしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
育「炎の魂の行く先なら教えられぬぞ」
風「なんだ、残念。なら、別の質問を」
育「何だ?」
風「人の身で法王の皮を被って生きてきた俺のことを、貴方はずっと……(俯いて自ら笑い飛ばし)いえ、なんでもありません。兄さん、甲板は冷えますから、寝酒も大概になされませ」
風、踵を返す。
育「弟だと思っているよ」
風、首を巡らせ育を振り返る。
育「そのような口を利く人がどこにいる」
育、ふっと笑ってみせる。
風、しばし育を見つめた後、笑いだす。
風「くっ、くっくくくくく、あははははははは」
育「くっくっくっくっくっ」
ひとしきり二人で笑った後、風、天を見上げ呟く。
風「(炎がいないこの世界に生き続けている理由)――俺は、死に場所を探しているのかもしれません。人の生死を司る貴方ならお分かりでしょうが――それでは、俺はこの辺で」
風、今度こそ甲板を降りていく。
育「楽にはその命、返せぬよ」
風「(足のみを止め)元より、正しき方法で頂いた時間ではございません。覚悟はできていますよ」
これより半年あまり。
俺は闇獄界の下層でこの身を返すことになる。
育兄さんの言う通り、楽な最期にはならなかった。
風「(無数の闇獄兵に剣を突き立てられながら、胸に忍ばせていた炎の髪房の形見を握りしめ)約束は……守る、よ……エ……ン……」
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