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聖封神儀伝専用 王様の耳はロバの耳

「聖封神儀伝」のネタバレを含む妄想小ネタ雑記。

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メディーナとラシード

・メディーナは、きっとヨジャのことを信頼してた。何なら大好きなお兄ちゃんだった。その人が私の両親を殺した。大好きな両親を殺して、私を女王にした。

・メディーナのもう一人のお兄ちゃんがラシード。お兄ちゃんというか、当時はお姉ちゃんだった。姉6人が手塩にかけて女装させ、女の仕草を叩きこんだ着せ替え人形のお姉ちゃんだった。
メディですら、ラシードが武術大会で優勝して西方将軍になり、空席だった周方皇の座に座った時、即位式に招かれて、はじめて男であることを知った。

【即位式後】
「ラシーヌの嘘つき! いつまでも妾のお姉ちゃんでいてくれると申したであろう!」
「ごめん。いつまでも逃げてないで、そろそろ即位しろって言われちゃって」
「逃げていたって……着せ替え人形として遊んでいたのはあの姉上たちではないか!」
「六番目のアマンダの結婚が決まったんだ。だから、着せ替え人形はもういらないって。上の姉たちもそれぞれ女の子がいるし、もう俺のことはいらないって。俺は――君のお姉さんのままでいたかったんだけどね」(淑やかに「私」と言っていたラシーヌ(男装)の顔で「俺」と言っている時点で衝撃を受けているメディ)
「はっ、それでは、まさか新しく即位する周方皇が我が夫となる人だと言われていたが、まさか……この、ロリコン!!」
「俺のこと責めないでよ。そんなこと言いだしたのは、お宅の執事だよ? 責めるならヨジャを責めなよ」
「ヨジャめ!!! 何から何までどうしてこんな勝手なこと!!!!」
「それに」
「? それに?」
「メディーナ、風環の国の女王。君のことは、俺が生涯かけて守り通すよ(たとえ、君の心があの執事にあろうと、ね)」(メディの手を握り)
「!!!」(真っ赤になって仰け反る)
「可愛い、メディーナ」(引き寄せ、抱きしめる)
「はっ、放せ! ラシーヌのくせに!! 放せ!!」

「ラシード」

「!」

「ラシード・カールーン。覚えておいて、君の夫になる男の名前だ」(額にキス)

「!!!」

「この先、何が起こっても俺のさっきの言葉、信じていて。君を傷つけるようなことは決してしないから」(にっこり笑って頭を撫でる)

 何が、信じていて、だ。
 どこへ行ったんだ、ラシード。
 私を置いて、どこへ姿をくらました?
 もう一つの約束を忘れたのか?
 両親が殺された時、抱きしめて囁いてくれただろう?

『俺が君の側にいるよ。誰がいなくなっても、俺だけはいなくならない。けして、君のことを一人にしないと誓うよ』

 それとも、ラシーヌの言葉はもう反故なのか?
 出て来い、ラシード。
 出てきて、もう一度抱きしめてくれ。
 ヨジャが、いなくなってしまったんだ。
 誰も彼も、私の側からいなくなってしまう。
 だからラシード、早く、戻ってこい。
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ありがとう(0-6-6)

「ありがとう、樒ちゃん」
 思わず口から溢れ出していた。
 ありがとうだなんて、変に思われたかしら。
 大丈夫、よね。この時間はもうすぐなかったことになる。私たちはまたもとの普通の友人に戻る。
 樒ちゃんはごくごく普通の女子高生に戻る。
 私はまた、彼女の監視を続ける。
 今までと何も変わらない。
 何も、変えたくない。変わらなければいいのに。
 もう、二度と。
 獄炎を抱える苦しみは想像を遥かに凌ぐ。幸せを捨てた者にしか、あれは閉じ込め続けることは出来ない。
 彼女は、生きる限り後悔し続けなければならなかった。生きるために後悔し続けなければならなかった。
 苦しかったでしょう。
 愛する者もいないこの世界で一人、生きる重荷を背をわされたのでは。
 闇獄十二獄主、第十二位、〈悔恨〉のレリュータ。
 おやすみなさい。
 一足早く、安逸な眠りにたどり着いたあなたに、幸あらんことを。

ユーラ~レリュータ(0-6-4)

生まれなければよかった。
出逢わなければよかった。

そんなこと、決して思わない。

私は貴方に逢いたくて生まれてきたの。
貴方と一緒に次の命を継ぎたくて生まれてきたの。

貴方と出逢ったこと、貴方とキスをしたこと、貴方と抱き合ったこと。
貴方との思い出は全て大切。

でも、知らなければよかった。
貴方と血が繋がってるだなんて、そんな事実、知らなければよかった。
もし知らなければ、あんなこと願わなかった。
あんなに貴方を渇望しなかった。
もっと穏やかに愛することが出来たのに。

貴方と一つになりたい。
身も、心も。
解け合って一つの流れにたゆといたい。永遠に。

もどかしかった。
血が繋がっていることは嬉しかった。だって、貴方と私、同じものが流れている。
この世で限りなく、私たちは一つに近い。
それなのに、私と貴方は目も髪も色が違えば、性も違う。
違うところなんかなくなってしまえばいいと思った。
血だけじゃ足りない。本当の一つに、なりたかった。

兄妹だと知りさえしなければ、そこまで浅ましい望みも抱かなかったろうに。
兄妹だと知りさえしなければ、あんなこと、望みもしなかったろうに。

何も知らない私は、ただ、貴方の腕の中でまどろむことができれば幸せなはずだった。

聞いて、おかしいの。
貴方の魂がこの世のどこにも存在しなくなって、もう何度生まれ変わっても貴方に出会うことなどなくなったというのに、それなのにね、私、今貴方と一つでいる気がするのよ。
レリュータという偽物の器の中で二人囁きあっていた時よりも、貴方を失ってレリュータに生まれ変わった今の方が、よっぽど貴方を全身に感じているの。
もどかしいのは、貴方の声が聞こえないこと。貴方の笑顔がもう、二度と見られなくなってしまったこと。
貴方に、もう二度と抱きしめてもらえなくなってしまったこと。

自分で自分を抱きしめる夜が、増えてしまったこと。

望みは、叶えられた。
もう、未来などいらない。
私は悔恨の炎を抱いて消滅しましょう。
少しでも、我が子の未来の負担を減らせるように。

お稲荷様の縁日で(星*幼少期)(0-6-5)

 早く大人になりたかった。
 大切な人を泣かせないで済むように。泣いていたら、大丈夫だよと安心させられるように。
 どうして俺の手はこんなに小さくなってしまったんだろう。
 昔はもっと、余すほどに大きかった。
 背負わされた責任もそれなりに大きかったが、世界すらもこの手にはすっぽりと収まっていた。
 それでも大切な人はいつも不安げな顔で俺を見、隠れて泣いていてもこの手を差しのべることなどできなかったが。だから、余計に自分にはその手が大きすぎるような気がしていた。
 今は、どんなに望んでもこの手はすぐには大きくならない。
 泣いてる母親の頭を撫でてやることくらいが関の山。いくら愛嬌を振りまいて見せたって、生活が楽になるわけじゃない。
 あんな父親、さっさと捨てちまえばいいのに。
 そう来が言うたび、母さんが傷ついているのを知ってるから、俺は何も言わない。
 どうすれば、笑ってくれるかな。
 どうすれば、泣かなくなるかな。
「俺は母さんについていく。あんな親父とこれ以上一緒になんかいたくないからな。あいつは俺たちよりも、自分の頭ん中の世界の方が大切なんだよ。そんな奴にこれ以上振り回されてたまるか。ってわけだからよ、お前は親父に引き取られろよ。母さんだって、子供二人抱えて生きてけるわけないんだから」
 ようやく離婚するんだって分かったとき、安心感よりも悲しさの方が強かったのが意外だった。
 もう母さんの泣き顔を見なくて済むんだって思ったのに、同時に、笑顔も見られなくなることになってしまったんだから。
「星。星はお父さんとお母さん、どっちと暮らしたい?」
 あらかじめ来から聞いていても、実際母の口からその言葉を聞いたら、胸の中心を鷲掴みにされたまま動けなくなってしまっていた。
 母さんはとても複雑そうな顔をしていた。浮かべようとした微笑も哀しげにしか見えない。
 母さんはまだ親父のことが好きなんだ。親父も、絵さえなければ母さんのことが一番に好きなんだ。でも、母さんは絵を書いている親父が一番好きなんだ。
 どうしようもない人たち。
 俺は、口も利かずにこちらに背を向けて絵筆を握り続けている父親の元に走っていった。
 父親は俺に見向きもせずにキャンバスを睨み続けている。
 握る絵筆は珍しく小刻みに震え、赤い絵の具がキャンバスの中の緑の塊の上に一滴落ちた。
「そう」
 背後で聞こえた母のため息。
 親父の捲くられた袖を握るわけにもいかず、俺は自分の拳をきつく握り締めた。
「行きましょう、来」
 待って。俺も連れてって。俺も母さんと一緒にいたいよ。あいつだけ連れて行かないでくれ。俺は母さんにとってかわいげのない悪い子にしか見えなかったかもしれないけど、俺は母さんのこと大好きだったんだ。
 行かないで。行かないで――!!
「星、いいんだぞ。母さんと一緒に行きなさい」
 キャンバスを睨んだままだとばかり思っていた親父が、おもむろに俺を上から覗き込んでいた。
 握っていた絵筆を右手に持ち替え、あいた左手がすっと俺の頬にのばされる。
「俺と一緒にいても、楽な生活なんてさせてやれない。飯すらつくってやれない。掃除もしてやれないし、……お前を笑わせてやることも出来ない」
 それは、できないんじゃなく、やる気がないんだろ。
 確かに絵を書いてるときの親父は何にも出来ない赤ん坊のようになってしまうけど。
 ばたん、と玄関のドアが閉められる音がした。
 行かないで、くれ――。
「俺はお前なんか大嫌いだ」
「知ってる」
「来が言ったんだ。今の母さんの経済力じゃ一人育てるのがやっとだって」
 親父も母さんも、子供の前でお金の話をしたことは一度もなかった。それでも、分かるもんなんだよ。うちの家計がどれくらい厳しいかなんて、見てりゃ分かる。小学校六年になった兄なら、さらに敏感に周りと比べてうちがどういう状態なのか分かってることだろう。俺はその苛立ちを見て、実感する。いつも。兄はマザコンもいいところで、自分のことしか考えてない超わがまま野郎だけど、あいつの言うことは間違ってないんだ。何せ自分のわがままを通すためには正論を振りかざして丸め込むのが一番だって知ってる野郎だから。
 だからって、今回もあいつの言うことを聞かされたわけじゃない。
「少ないけど、俺も援助は惜しまない」
「そういう問題じゃないんだよ!!」
 絵が売れれば、かなりの額が転がり込むことも知っている。でも、そんなのめったにあることじゃない。今までたまってきたツケ返して税金納めればあっという間になくなっちまう。毎月の給食費すらまた払うのが難しくなる。
「そういう問題じゃないんだ。母さんには、来がいる。でも、母さんはほんとは親父と一緒にいたいんだ。親父が好きなんだ。俺まで母さんについてったら、母さん、きっと独りぼっちになっちまったお前のこと心配して、またおかしくなっちまう。だからって、来とお前が一緒に暮らすってことになったって、母さんやっぱり心配するだろう? だから、俺がお前のところに残ったんだ! お前のためじゃない。母さんのために、俺はここに残るって決めたんだ。母さんが新しい暮らしはじめて笑えるようになるために」
 来が言ったからじゃない。
 俺は俺自身で母さんのために何が出来るか考えて、これが一番だって思ったんだ。
 この先しなきゃならない苦労なんて、どれも同じだと思った。
 それなら、母さんが少しでも笑ってくれる可能性があるほうがいい。
 親父は、俺がお前呼ばわりしたことを叱ることもなければ、それ以上俺の頬についたものを掬い取ることもなかった。
 キャンバスに向かって、絵筆を左手に持ち替える。
「俺も、咲子がまた笑ってくれればいいと思って手放したんだ」
 それ以上、親父は何も言わず、また黙々とキャンバスに赤い色を広げていった。



「なんだ、お前も迷子なのか?」
 東京も田舎の神社のお祭り。
 父子家庭になったことを知った父方の伯母が、夏休みだけでも家に来なさいと言ってくれた。
 ひたすら遠慮する俺を子供らしくないと一喝して、自分の息子のお古の浴衣を着せてつれてきてくれた神社のお祭り。狐の面をかけた大人ばかりがやけに目につく。
 その中で、赤いヨーヨーを持った迷子の女の子だけが、俺には同じ人間に見えた。
 手を繋いで母親探しに歩き出すと、ちり、と懐かしさが胸を焼いた。
 母親の手は、こんなに小さくもなければ滑らかでもなかった。
 だけど、この手はとても大切な人の手だった。
 狐の面の中を歩きながら、思う。
 この子の母親なんて見つからなきゃいいのに。
 このまま迷子でいれば、一緒に伯母さんのとこに帰れる。もしかしたら、その後もずっと一緒にいられる。
 大人しくついてきていた女の子が立ち止まったのは、そんな叶うはずもないわがままな思いを抱いたときだった。
「あれか? お前のお母さん」
 心なしか面影の似た女性が、鳥居の下を落ち着きなく行ったり来たりしながら通る人の顔を覗き込んでいた。
 女の子はぼんやりとその女性を見ている。
「よかったな。もう迷子になるんじゃないぞ」
 俺が言うと、女の子はくしゃっと顔を歪めて、握っていた手を強く握った。
 行かないで。
 女の子の目はそう訴えていた。
 昔、こういう目をよく見た気がする。
 母が出て行ってしまったとき、親父の目に映った自分の目。
 それよりもずっと前、愛しい少女が俺に向けていた目。
 そんな目をしたって、どうにもならないんだ。だって、君と俺はただの迷子同士。俺は別に見つからなくたって家にくらい帰れるし、帰れなくたって別に構いやしないけど、君にはあそこに心配してくれてる母親がいるだろう?
「りゅ……に……ぃ……」
 女の子の口から飛び出した音に、柄にもなく俺は魂を揺さぶられた。
 聞いたことがある。でも、どこで聞いたのか、その言葉が意味するものがなんなのか、俺はわからない。
 ただ、胸に湧き上がってきたのはあたたかな愛しさと、手放さなきゃならない辛さ、刹那さ。
 だって、俺の手はまだこんなに小さい。
「大切なお母さん、泣かせちゃだめだ」
 この手が大きくなったら迎えに行くから。
 約束、するよ。
 白く滑らかなおでこに唇を寄せた。
 守れなかった約束を、今度こそ果たすために。
 以前、何の約束をその子としたのかすらわからない。でも、今度こそ必ずだ。
 握っていた手を離した瞬間、女の子のぼんやりとしていた焦点は母親に結ばれた。
「樒!」
 母親が女の子に気づく。
 数歩離れただけで、俺は狐の雑踏の一員になっていた。
 女の子は不思議そうにきょろきょろと辺りを見回す。だけど、その目が俺を見つけることはなかった。
「いた! こんなとこにいたよ、星!」
 不意に従兄が俺を抱き上げた。
 一人っ子のせいか、実の兄よりも俺を大切にしてくれていた高校生の従兄。
「こら、だめだろ、心配かけちゃ」
 眼下に見える人々の黒い頭。屋台の赤い光。鬱蒼とした鎮守の静かな佇み。
 狐の面をつけた人など、もうどこにもいない。
「ごめんなさい」
 従兄の首に抱きついた。
「もう、しょうがないなぁ、星は」
 頭は俯いたふりして下げながら、目ではさっきの女の子を探す。
 さっきまであたふたと子供を捜していた母親の顔には安心感と楽しさが。見つかったと聞いて合流したのだろう、もう一人小さな子供を抱いた父親の顔にもほっとした表情が浮かんでいた。その二人に手を握られて、白地に金魚の浴衣を着た女の子が鳥居をくぐり、遠ざかっていく。父親と母親に笑顔を振りまきながら。
 その横顔を目に焼きつけて、俺は深く従兄の肩に顔を埋めた。
 夢が見れるといい。
 母さんと親父と、しょうがないから来と、四人でまたここの鳥居をくぐる夢を。



記憶の扉 終章 (織笠樹篇)

 なんだか長い一日だったような気がする。

 どこかは分からないけれど、どこかの時間が丸一日余計に過ごしたようにとても長くて、部活に行っても疲れてて結局練習にならなくて、さっさと園芸部に寄って桔梗の鉢植えに水をあげて帰ってきたんだ。

「譲葉ー、樹ー、ご飯よー」

 お母さんが下から呼ぶ声がした。

「あれ?」

 誰か、今忘れてなかった?

 おかしい。

 形にならない思いを抱えたまま、部屋を出る。

「あ、譲葉ちゃん」

 お母さんの声に呼ばれて、ちょうど三つ子の二人目、譲葉ちゃんも部屋から出てきたところだった。

「樹ちゃん。今日はかえるの早かったんだね。いいの? 投球練習サボって」

「よくはないけど、なんだか疲れて今日は全然だめだったんだ。宿題もやらなきゃならないし。ところで、夢追ちゃんは?」

「ああ、夢追ちゃん? って、え……?」

 譲葉ちゃんの表情は途端に固まった。

「帰り、一緒じゃなかったの? そっちの学校でもいつも一緒なんでしょ?」

「え……?」

 何を言っているのかさっぱり分からないというように、譲葉ちゃんは僕をみつめ返した。

 僕だって分からなかった。

 この顔は、まるで僕ら三つ子の一人目、夢追ちゃんのことを知らないみたいだったから。

「樹ちゃん、うちの学校に彼女でも出来たの? でも、残念だけど、わたし知らないよ?」

「ちがうよ! 何言ってるんだよ、彼女だなんて!! 夢追ちゃんだよ!! 僕らの一人目の夢追ちゃん!!」

「僕らの一人目?」

「は? どうしちゃったの、譲葉ちゃん。僕ら三つ子でしょ? 夢追ちゃんと譲葉ちゃんと僕と、三人同じ頃に生まれたでしょう?」

 きょとんと、譲葉ちゃんは僕をみつめていた。

「樹ちゃん、どうしちゃったの? わたしたち、双子でしょう?」

 硬い声で譲葉ちゃんは言った。

 僕の頭がどうかしてしまったかのように、その顔は至極心配げに僕を見やっていた。

「双……子……?」

「やだ、ばっかみたい。姉弟でこんな確認しちゃって」

 けたけたと笑って譲葉ちゃんは階段を下りていく。

 下からはハンバーグのいい匂いが漂ってきていた。

 僕もあわてて譲葉ちゃんの後を追って台所に飛び込む。

「おお、樹、今日は帰ってたのか」

「お父さん、お帰りなさい」

 お父さんはすでに入浴も済ませてビールを開けていた。そのテーブルに、お母さんはハンバーグと野菜のソテーを盛りつけた平皿を椅子の向かい合った四箇所におく。

「お母さん、夢追ちゃんの分は?」

「え? 夢追ちゃん? だぁれ、それは。あら、もしかして樹ちゃん、今日彼女連れてくるつもりだったの? そういうことは前もって言ってもらわないと……今急いで作るわね」

「そうじゃなくて……!!」

 なんなんだ、一体!

 何の悪ふざけだ?

「お母さん、樹ちゃん、さっきからおかしいの。わたし達双子なのに、もう一人いるって言うんだよ? 三つ子でわたしの上にもう一人いるんだって」

 不機嫌そうに譲葉ちゃんはいつも譲葉ちゃんが座っている席に座る。

「三つ子? やぁね、何言ってるのよ。三人も入ってたらお母さん、身が持たなかったわよ」

「樹、お前何か変な夢でも見たんだろ。夕飯の前に顔でも洗って来たらどうだ?」

 薄い夕刊から顔を上げて、お父さんまで僕を睨む。

「さ、いいから樹も早く席につくなり顔洗ってくるなりしなさい」

 もう一人分作らなくてすむと分かった母は上機嫌に父の隣りの自分の椅子に座った。

 三人とも、間違いなくいつもの自分の席に座ってる。

 お父さんの隣りにお母さん。お父さんの向かいに譲葉ちゃん。そして、本当ならお母さんの向かいに夢追ちゃんが座って、僕が残ったお誕生日席に座っているはずなんだ。

 ハンバーグは夢追ちゃんの席をあけて、お誕生日席の僕のところにちゃんとおかれている。

 椅子だって、四人家族だといっているのに五つある。

「ねぇ、おかしいよ、みんな。僕らが四人家族だって言うなら、どうしてここのテーブルに椅子が五つあるのさ」

 三人はお母さんの向かいにぽっかりと空いた一つの椅子を見やった。

「あら、ごめんなさい。樹の席はこっちだったわね」

 はたと気づいたように、お母さんが僕の席の前に整えていた夕食を夢追ちゃんの席に移した。

「ちがうよ! そこが夢追ちゃんの席だって言ってるんだよ。譲葉ちゃん、ほんとに知らないの? 今朝いっしょに学校行ったでしょう? 講習は同じ教室で受けられるって喜んでいたでしょう?」

「樹ちゃん、ほんとどうしちゃったの? 確かに今日は暑かったけど……あ、樹ちゃんの学校って古いもんね。講習も学校でやってるんでしょ? クーラーないから暑気あたりかなんかしちゃったんじゃないの?」

「そうじゃなくて……そうじゃなくて……どうして……もしかしてみんな夢追ちゃんのこと覚えてないの? ほんとに?」

 三人はうんざりしたように僕を見やった。

「お先に、いっただっきまーす」

 我慢しきれなくなった譲葉ちゃんが、フォークを片手にハンバーグに挑みだす。

「樹、もういいから早く席に着きなさい」

 困ったようにお母さんが僕をいなす。

 でも、僕は食卓にくるりと背を向けていた。

 そんなわけはない。夢追ちゃんがいなくなるなんて。いなくなるどころか、みんなの記憶から消えてなくなってるだなんて。

 さっき下りたばかりの階段を駆け上がる。

 譲葉ちゃんと夢追ちゃんは同じ部屋を使ってた。

 その部屋さえ見れば、きっと分かるはず。

 開け放った二人の部屋。いつも見ているのと変わらないインテリアの配置。

 机が二つ、二段ベッドが一つ、中央に可愛らしいテーブルが一つ、本棚が二つ。

 ほら、やっぱり夢追ちゃんと二人で使ってたままじゃないか。

「ちょっと、樹ちゃん!! 勝手に人の部屋開けないでよね!」

「譲葉ちゃん、夢追ちゃんはいるでしょう? だってこの部屋、机は二つだし、二段ベッドはあるし、本棚だって二つあるし……」

「いい加減にしてよね。机一つは樹ちゃんが昔使ってた奴、身長があわないからって買い換えてからずっとここに置きっぱなしになってるんじゃない。二段ベッドだって、その昔わたしと樹ちゃんで使ってた奴でしょ? 本棚は漫画とか入りきらなくなったからこないだかいたしたんじゃない」

「……なん、だって……?」

 呟いた言葉から力が抜けていた。

「もう、いいでしょっ。閉めるよっ」

 目の前で二人の部屋の扉が閉じる。

 譲葉ちゃんはひどく怒りながら階段を駆け下りていく。

 僕はぼんやり打ちひしがれた気分で食卓に戻った。

「樹、夏だからって浮かれてるとどっか緩むんだからな。ちゃんと飯食って運動して寝て、規則正しい生活を送ってればそんな馬鹿みたいなこと考える暇もなくなるはずだぞ」

 真面目一辺倒の父のお決まりの台詞。

 彼らは夢追ちゃんを知っていてごまかしているわけじゃない。演技しているわけでもない。

 明日、夢追ちゃんたちの学校に聞いてみた方がいいだろうか。

 でも、女子高に一人で乗り込むのはかなり気がひける。

 僕は、どうしようもないままいつも夢追ちゃんが座っていたはずの席に着いた。

 お母さんの目の前。

 並べられた晩御飯。

 いつも僕が座っているお誕生日席には何もおかれていなくて、ぽつんと椅子だけが取り残されていた。

「おかしいよ。椅子だって五つあるのに」

「あら、これは福引で椅子だけ当たっちゃったからここにあるんじゃない」

 そんな嘘くさい理由、誰が信じるものか。福引で当たったのはこのダイニングテーブルセット丸ごとだったじゃないか。

「樹ちゃん、ハンバーグ食べないならわたしもらっちゃ……」

 どんなに茫然としてたって、お母さんの手作りハンバーグだけは渡せない。

 伸びてきた譲葉ちゃんのフォークから、僕は危機一髪ハンバーグのお皿を逃がしてやった。

「でも、確かに四人家族なのに一つこんなところにあるなんて邪魔よね。明日物置にでも片付けておきましょ」

「え? だ、だめだよ……そこは僕の……」

 三人の視線が最後の警告を含んで僕に突き刺さった。

 僕は、大人しく夢追ちゃんの席に座った。

「いただきます」

 何もかもが釈然としなかった。

 何よりも、僕は心のどこかで夢追ちゃんが死んでしまったかのような喪失感と、これからずっと戦い続けなければならなかった。

 

 〈了〉

 

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