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聖封神儀伝専用 王様の耳はロバの耳

「聖封神儀伝」のネタバレを含む妄想小ネタ雑記。

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記憶の扉 終章 (織笠樹篇)

 なんだか長い一日だったような気がする。

 どこかは分からないけれど、どこかの時間が丸一日余計に過ごしたようにとても長くて、部活に行っても疲れてて結局練習にならなくて、さっさと園芸部に寄って桔梗の鉢植えに水をあげて帰ってきたんだ。

「譲葉ー、樹ー、ご飯よー」

 お母さんが下から呼ぶ声がした。

「あれ?」

 誰か、今忘れてなかった?

 おかしい。

 形にならない思いを抱えたまま、部屋を出る。

「あ、譲葉ちゃん」

 お母さんの声に呼ばれて、ちょうど三つ子の二人目、譲葉ちゃんも部屋から出てきたところだった。

「樹ちゃん。今日はかえるの早かったんだね。いいの? 投球練習サボって」

「よくはないけど、なんだか疲れて今日は全然だめだったんだ。宿題もやらなきゃならないし。ところで、夢追ちゃんは?」

「ああ、夢追ちゃん? って、え……?」

 譲葉ちゃんの表情は途端に固まった。

「帰り、一緒じゃなかったの? そっちの学校でもいつも一緒なんでしょ?」

「え……?」

 何を言っているのかさっぱり分からないというように、譲葉ちゃんは僕をみつめ返した。

 僕だって分からなかった。

 この顔は、まるで僕ら三つ子の一人目、夢追ちゃんのことを知らないみたいだったから。

「樹ちゃん、うちの学校に彼女でも出来たの? でも、残念だけど、わたし知らないよ?」

「ちがうよ! 何言ってるんだよ、彼女だなんて!! 夢追ちゃんだよ!! 僕らの一人目の夢追ちゃん!!」

「僕らの一人目?」

「は? どうしちゃったの、譲葉ちゃん。僕ら三つ子でしょ? 夢追ちゃんと譲葉ちゃんと僕と、三人同じ頃に生まれたでしょう?」

 きょとんと、譲葉ちゃんは僕をみつめていた。

「樹ちゃん、どうしちゃったの? わたしたち、双子でしょう?」

 硬い声で譲葉ちゃんは言った。

 僕の頭がどうかしてしまったかのように、その顔は至極心配げに僕を見やっていた。

「双……子……?」

「やだ、ばっかみたい。姉弟でこんな確認しちゃって」

 けたけたと笑って譲葉ちゃんは階段を下りていく。

 下からはハンバーグのいい匂いが漂ってきていた。

 僕もあわてて譲葉ちゃんの後を追って台所に飛び込む。

「おお、樹、今日は帰ってたのか」

「お父さん、お帰りなさい」

 お父さんはすでに入浴も済ませてビールを開けていた。そのテーブルに、お母さんはハンバーグと野菜のソテーを盛りつけた平皿を椅子の向かい合った四箇所におく。

「お母さん、夢追ちゃんの分は?」

「え? 夢追ちゃん? だぁれ、それは。あら、もしかして樹ちゃん、今日彼女連れてくるつもりだったの? そういうことは前もって言ってもらわないと……今急いで作るわね」

「そうじゃなくて……!!」

 なんなんだ、一体!

 何の悪ふざけだ?

「お母さん、樹ちゃん、さっきからおかしいの。わたし達双子なのに、もう一人いるって言うんだよ? 三つ子でわたしの上にもう一人いるんだって」

 不機嫌そうに譲葉ちゃんはいつも譲葉ちゃんが座っている席に座る。

「三つ子? やぁね、何言ってるのよ。三人も入ってたらお母さん、身が持たなかったわよ」

「樹、お前何か変な夢でも見たんだろ。夕飯の前に顔でも洗って来たらどうだ?」

 薄い夕刊から顔を上げて、お父さんまで僕を睨む。

「さ、いいから樹も早く席につくなり顔洗ってくるなりしなさい」

 もう一人分作らなくてすむと分かった母は上機嫌に父の隣りの自分の椅子に座った。

 三人とも、間違いなくいつもの自分の席に座ってる。

 お父さんの隣りにお母さん。お父さんの向かいに譲葉ちゃん。そして、本当ならお母さんの向かいに夢追ちゃんが座って、僕が残ったお誕生日席に座っているはずなんだ。

 ハンバーグは夢追ちゃんの席をあけて、お誕生日席の僕のところにちゃんとおかれている。

 椅子だって、四人家族だといっているのに五つある。

「ねぇ、おかしいよ、みんな。僕らが四人家族だって言うなら、どうしてここのテーブルに椅子が五つあるのさ」

 三人はお母さんの向かいにぽっかりと空いた一つの椅子を見やった。

「あら、ごめんなさい。樹の席はこっちだったわね」

 はたと気づいたように、お母さんが僕の席の前に整えていた夕食を夢追ちゃんの席に移した。

「ちがうよ! そこが夢追ちゃんの席だって言ってるんだよ。譲葉ちゃん、ほんとに知らないの? 今朝いっしょに学校行ったでしょう? 講習は同じ教室で受けられるって喜んでいたでしょう?」

「樹ちゃん、ほんとどうしちゃったの? 確かに今日は暑かったけど……あ、樹ちゃんの学校って古いもんね。講習も学校でやってるんでしょ? クーラーないから暑気あたりかなんかしちゃったんじゃないの?」

「そうじゃなくて……そうじゃなくて……どうして……もしかしてみんな夢追ちゃんのこと覚えてないの? ほんとに?」

 三人はうんざりしたように僕を見やった。

「お先に、いっただっきまーす」

 我慢しきれなくなった譲葉ちゃんが、フォークを片手にハンバーグに挑みだす。

「樹、もういいから早く席に着きなさい」

 困ったようにお母さんが僕をいなす。

 でも、僕は食卓にくるりと背を向けていた。

 そんなわけはない。夢追ちゃんがいなくなるなんて。いなくなるどころか、みんなの記憶から消えてなくなってるだなんて。

 さっき下りたばかりの階段を駆け上がる。

 譲葉ちゃんと夢追ちゃんは同じ部屋を使ってた。

 その部屋さえ見れば、きっと分かるはず。

 開け放った二人の部屋。いつも見ているのと変わらないインテリアの配置。

 机が二つ、二段ベッドが一つ、中央に可愛らしいテーブルが一つ、本棚が二つ。

 ほら、やっぱり夢追ちゃんと二人で使ってたままじゃないか。

「ちょっと、樹ちゃん!! 勝手に人の部屋開けないでよね!」

「譲葉ちゃん、夢追ちゃんはいるでしょう? だってこの部屋、机は二つだし、二段ベッドはあるし、本棚だって二つあるし……」

「いい加減にしてよね。机一つは樹ちゃんが昔使ってた奴、身長があわないからって買い換えてからずっとここに置きっぱなしになってるんじゃない。二段ベッドだって、その昔わたしと樹ちゃんで使ってた奴でしょ? 本棚は漫画とか入りきらなくなったからこないだかいたしたんじゃない」

「……なん、だって……?」

 呟いた言葉から力が抜けていた。

「もう、いいでしょっ。閉めるよっ」

 目の前で二人の部屋の扉が閉じる。

 譲葉ちゃんはひどく怒りながら階段を駆け下りていく。

 僕はぼんやり打ちひしがれた気分で食卓に戻った。

「樹、夏だからって浮かれてるとどっか緩むんだからな。ちゃんと飯食って運動して寝て、規則正しい生活を送ってればそんな馬鹿みたいなこと考える暇もなくなるはずだぞ」

 真面目一辺倒の父のお決まりの台詞。

 彼らは夢追ちゃんを知っていてごまかしているわけじゃない。演技しているわけでもない。

 明日、夢追ちゃんたちの学校に聞いてみた方がいいだろうか。

 でも、女子高に一人で乗り込むのはかなり気がひける。

 僕は、どうしようもないままいつも夢追ちゃんが座っていたはずの席に着いた。

 お母さんの目の前。

 並べられた晩御飯。

 いつも僕が座っているお誕生日席には何もおかれていなくて、ぽつんと椅子だけが取り残されていた。

「おかしいよ。椅子だって五つあるのに」

「あら、これは福引で椅子だけ当たっちゃったからここにあるんじゃない」

 そんな嘘くさい理由、誰が信じるものか。福引で当たったのはこのダイニングテーブルセット丸ごとだったじゃないか。

「樹ちゃん、ハンバーグ食べないならわたしもらっちゃ……」

 どんなに茫然としてたって、お母さんの手作りハンバーグだけは渡せない。

 伸びてきた譲葉ちゃんのフォークから、僕は危機一髪ハンバーグのお皿を逃がしてやった。

「でも、確かに四人家族なのに一つこんなところにあるなんて邪魔よね。明日物置にでも片付けておきましょ」

「え? だ、だめだよ……そこは僕の……」

 三人の視線が最後の警告を含んで僕に突き刺さった。

 僕は、大人しく夢追ちゃんの席に座った。

「いただきます」

 何もかもが釈然としなかった。

 何よりも、僕は心のどこかで夢追ちゃんが死んでしまったかのような喪失感と、これからずっと戦い続けなければならなかった。

 

 〈了〉

 

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