風「龍兄さん、たまにはお相手がほしいんじゃないですか?」
風、古びた柄に入った剣を持って現れる。
龍、剣を構えたままちらりと風を見る。
龍「珍しいな。お前が剣を持ってくるなど」
風「いえね、たまにはこれくらい重い物を持って腕を鍛えないと、螢羅だけ飛ばしていては接近戦で力負けするんじゃないかと思いまして」
龍「熱心なことだ」
龍、剣を一度おろし、風に向き直る。
龍「ところで、俺はお前が剣を振り回しているところを見たことがないんだが」
風「振り回しているどころか、僕が剣を持っていることも知らなかったでしょう」
龍「そうだな。その剣はどうした。ずいぶんと年季が入っているようだが」
風「(笑って)これは、僕が昔使っていた剣なんです」
龍「(めざとく剣の柄に周方の紋章を見つけて)面白いことを言う。一体どれくらい昔だ?」
風「さあ、どれくらいでしょう。もう忘れてしまいました」
風、すらっと剣を抜き放つ。
太陽の日を浴びて、刀身が輝く。
龍「(ふっと笑う)何だ、自慢しにきたのか。よく手入れが行き届いている」
風「でしょう? 久しぶりに自分で研いできたんです」
すっ、と風が剣を正面に構える。
龍も応えて正面に蒼竜を構える。
龍「(うっすらにやりと笑って)なるほど。ただ者じゃないとは思っていたが、そうか。本領は暗器などではなく、こちらか」
風「(にっこり笑って)天龍法王、手合わせ願います」
風、龍、ともに一息吸い込み、踏み出す。
風「はあっ」
龍「やぁっ」
両者の剣が交わる。
力は拮抗し、風、龍、視線を交わしあい、ともに口元に笑みを浮かべる。
龍「別人のようだな」
風「炎には内緒ですよ? バレたら嫌われてしまいますから」
龍「知ったことか。持ちかけてきたのはお前だろう」
風「この間、貴方が剣を振るう姿を見かけてからどうしても我慢ができなくなってしまって。――あまりにも強そうだったから」
互いに剣をはねのけあい、もう一合、剣をあわせる。
金属の触れ合う澄んだ音色が二人の間の空気を引き締める。
両者の表情から余裕の笑みが消える。
息を押し殺し、互いの目を見つめあいながら動向を探る。
隙など、見せた方が負けだった。たとえ餌として蒔いたとしても、食らいつかれればそれが命取りとなる。
そのことを、風はもちろん龍も感じ取っていた。
龍「はぁっ」
風「やあっ」
相手の呼吸を見計らい、変化を敏感にとらえて、龍はその一瞬に切り込む。風は、切り込むために降りあげられた懐の隙を見逃すことなくすかさず突き込む。翻した身で風の左に回り込み、龍は風の腕を狙うが、風は左手に剣を持ち替えて片手でそれを払う。
龍「左も使えるのか」
風「昔は左利きだったんです」
風、連続して左手のみで剣を繰り出す。
巧妙にそれを受け流しながら、龍は尋ねる。
龍「どうして俺なんだ? 剣の使い手なら双刀を一振りに持ち変えたって鉱がいるだろう? 統仲王だって腕がなまってなければ十分お前の相手が務まるはずだ」
風「それでも貴方が最強ですよ。それに、鉱兄さんにこんなところを見られたら、それこそ兄弟の縁を切られてしまいます」
龍「あいつも馬鹿じゃない。俺以上にお前の期待に応えられたかもしれない」
風「それでも、俺が見る限り、神界最高の剣の使い手は貴方だ」
風、嬉しそうに剣を繰り出す。
風「それに、炎の片割れである貴方には、知っておいてほしかったんです」
龍「・・・・・・その剣で何人も人を殺めたことをか?」
風「(ちょっと驚いて)分かるんですか?」
龍「お前の剣筋、おとなしく型どおりにふるっているつもりかもしれないが、型は後から身につけたものだろう? 危険を感じてとっさに出る癖は、型にはない実戦でしか身に付かない臨機応変な攻撃だ。今だって隙あらば俺の足さえさらおうとしていただろう?」
風「そこまでお見通しなら、もう何でもアリでいいですね?」
風、にやりと笑って龍の剣をはねのけ、身を屈めて龍の足を払う。
龍、剣をはねのけられた力を使って飛び上がり、風の足払いから逃れ、剣を降りあげる。
その懐に、風、剣を突き込むが、身を翻して龍は逃れ、後ろに飛びすさり、距離をとる。
龍「螢羅ばかりじゃ力負けするって? 聞いてあきれる。とんだハンデを背負って戦っていたものだな。神界のためを思うなら、今すぐ螢羅の形状を剣に変えろ」
風「嫌ですよ。言ったでしょ? 炎に嫌われたくないって」
龍「あいつは知らないんだろう?」
風「もちろん。もし知っていたら、今までの我慢が水の泡です」
龍「我慢? 剣を振るう快感か?」
風「ええ。俺、剣を持つと見境なくなるみたいなんです」
楽しくて仕方ないというように、容赦なく剣を繰り出す風。
それらの剣を正面から受けては流し、防戦一方になっていく龍。
風「嬉しいな。どんなに剣をふるっても、貴方は倒れない」
龍「笑わせる」
苦笑した龍、下から突き上げてきた風の剣を蒼龍でねじり伏せ、風の顎に向けて膝を蹴りあげる。
風、剣がねじり伏せられた力を使って自らも同じ方向に身を倒し、地面を転がって跳ね起き、膝をついて龍を見上げる。
間髪を入れずに龍、風に斬りかかり、風は立ち上がりざま龍の剣を跳ね上げ、足で龍の胴を払う。
蒼竜が宙に舞ってしまった龍、脇腹に入ってきた風の足を脇と腕で挟み込み、両手で掴みなおし、風の体ごと右に放り投げる。
風、剣を抱えたまま身体を丸めて一度地面を転がり、しなやかな体のバネを生かして飛び上がり、剣の切っ先を下から上に龍の胸に走らせる。
龍、剣を避けるために背後に状態をのけぞらせ、そのまま地に手をつきつつ宙で返る足で風の腹と胸に一撃ずつ入れる。
風も龍から受けた二撃の衝撃を和らげるため、剣を放り上げ、後ろに跳ね飛ぶ。
二人の間に蒼龍と風の剣が突き刺さる。
両者、剣越しに息を整えながらにらみ合う。
先に力を抜いて笑んだのは風。
風「(腹と胸についた龍の足跡を払って)俺の負けですね。二撃も入れられてしまいました」
龍「そんなことはない。(下から上へと斬り裂かれた胴着の下、一部だけうっすらと赤い血がにじんでいる)先に一本とったのはお前の方だ」
風、少し目を見開いてお腹を抱えて笑い出す。
風「なんだ、入ったと思ったのに普通に攻撃してきたから歯がみしてたのに、やせ我慢してたのか。って、いたた。笑うと腹が・・・・・・(それでも顔をひきつらせながら笑う)」
龍「悪いな。避けるのに必死で足加減できなかった」
風「最高の賛辞ですよ、それ」
龍、風、互いに剣の元に歩み寄って、剣を引き抜いた直後、それぞれの首もとに剣の切っ先を突きつける。
しばし攻撃的な視線を絡ませあった後、口元に笑みを浮かべて龍が口を開く。
龍「読めてるだろ?」
風「脱帽です、天龍法王」
風が微笑み、龍がそっと目を伏せて、両者剣を鞘に収める。
風「ありがとうございました。お付き合いくださって」
龍「今夜は炎に逢わない方がいいぞ。あいつ勘はいいからな。その腹見られたら気づかれるだろう」
風「誰かと喧嘩したって? 大丈夫ですよ。上手くやりますから。兄さんこそ、今夜は部屋でおとなしくしていないと傷が疼くんじゃないですか? それとも、今治癒していきましょうか?」
龍「余計なお世話だ」
風「ああ、そうだ。帰りに聖のところに寄って伝えましょうか。龍兄さんが何者かに襲われて生死の境をさまよってる、って。きっとすぐに飛んできますよ」
龍「(ため息)炎も男運だけはないようだな。全く、どこがいいんだか」
風「(胸に拳をあてて)愛してますから」
龍「・・・・・・(呆れ)(ため息)(憂い)風」
風「何ですか、兄さん」
龍「炎は勘がいいぞ」
風「(警戒して)・・・・・・それが?」
龍「気づいているかもしれないぞ」
風「(ふっと息をついて)僕が今日、龍兄さんと剣の稽古をしたことを?」
龍「俺は昔、炎とお前の間に何があったのかは知らない。でも、あいつは気づいているかもしれないぞ。もしくは思い込みたいだけかもしれないが――お前に風環法王以外の部分があることを」
風「・・・・・・まさか」
龍「育兄上と海姉上のことは、耳の早いお前のことだ、知っているだろう? どんなに隠そうが、統仲王と愛優妃が気づいていないわけがない。それなのに咎めがないということは、何か理由があるんだろう」
風「(言葉を呑み込み、意を決して)それは」
龍「言わなくていい。炎も知らない理由があるんだろう。でも、あいつはからくりは分からなくても何かあることくらいは気づいている。その上で、お前と一緒にいるんだろう」
風「(龍から目をそらし、俯いて唇をかみしめ)ご忠告いたみいります」
龍「忠告なんかじゃないさ。ただの独り言だ」
龍、ふっと空を仰ぐ。
龍「抱えきれなくなったか?」
風「そんなこと・・・・・・」
龍「風でいる自信がなくなったか? それとも、過去の自分が煩わしくなったか?」
風「(しばし考えた後、剣を掲げ上げ、光にすかしみて)両方です」
龍、風の横をすり抜けて中庭の出口へ向かい、その途中、足を止めて振り返る。
龍「風、気が向いたらまた剣の稽古につきあってくれ。そうだな、月に一回でも一週間に一回でも」
風「ずいぶんとお暇ですね」
龍「暇な訳じゃない。分かるだろう? 素振りだけだと実戦の勘は鈍るんだ。対等にやり合える相手がほしかったんだ」
風「対等なんて(苦笑)」
龍「対等だろう? 弟なんだから。・・・・・・炎はどうか知らないがな」
風、目を見開いて振り返る。
龍「来なきゃばらすぞ」
風「・・・・・・(くしゃっと笑顔になる)龍兄さんらしくもない。でも、それは困るから、俺でよければまたお手合わせ願います」
龍「ああ、また来い」
風「はい。今度は聖も連れて」
龍「それは余計だ。大体、聖――あいつは口が軽いぞ」
風「それはいけない。じゃあ、また二人で」
龍「ああ。また、この庭で」
龍、外からの目を遮断していた結界を解く。
風、風流れと質が変わったことに気づき、龍の背中を見つめる。
風「食えない人だ、本当に。――だからつい、甘えちゃうんですけどね」
風、剣を抱え空に向かって呼びかける。
風「逢綬、帰るよ」
風、空から舞い降りてきた麒麟に乗り、天龍城の中庭を後にする。
それから風と龍、両者が剣を交え続けていたかどうかは、本人たちだけが知っている。
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