奥山のしきびが花の名のごとや
しくしくきみに 恋ひわたるなむ
巻20-4474
普通なんかじゃないよ。
会いたかったよ、みっちゃん。
わたし、嘘ついちゃったね。
でもね、言わないって決めてたの。
わたしは、あくまで緋桜様の一部としてみっちゃんの側にいるの。
みっちゃんがどんなことに巻き込まれるかなんて、あの時わたし知らなくて。もちろん、知りようもなかったんだけど。
それでも、わたしがみっちゃんを守るために役に立てるならって。
また、わたしがみっちゃんの隣で笑うことができるならって。
わたしはね、できるだけ普通の高校生活をみっちゃんにしてほしいと思ってたんだ。だからできるだけ緋桜様のことも黙ってようと思ってたの。
ほんとは……わたしがみっちゃんと一緒にいたかったんだ。
緋桜様はわたしとは違うもの。
わたしはやっぱりどこまでいっても、ただの人間なの。
でも、ただの人間としての幸せを今はすごくかみしめてるから、みっちゃんにもそのままでいてほしかったんだ。
大丈夫。ちゃんと守るから。倒れそうになっても落ちそうになっても、緋桜様が羨ましいとか言ってないで、ちゃんと緋桜様のかわりにみっちゃんのこと助けるから。
緋桜様はね、ほんとは今、ずっと眠ってらっしゃるんだよ。
時を巻き戻したときに、やっぱりかなり消耗してしまって。
国政は飛嵐様が見てるから大丈夫。心配しないで。
聖刻の国で樒に時の実を渡した時は、それを渡すためだけに無理をして起きてきてくださったの。身体はすごく辛かったと思うんだ。
でも、それもこれも緋桜様もみっちゃんのことが大切だからだよ。みっちゃんに会いたかったからだよ。
みっちゃん。
緋桜様が全快するまでは、わたしがみっちゃんのこと守るからね。
だから、もう少し一緒にいよう?
ね?
ユグリッド「聖様……!」
突如、青年は潤んだ瞳でわたしの手首を両手で包み込むように握った。
夏城:なに勝手に守景の手ぇ握ってんだ。
ユグリッド「ああ、今生でもなんてお優しい方なのでしょう! 貴女に刃を向けたこの俺にこのような情けをかけてくださるなんて!」
樒「え、あ……」
夏城:早く逃げろよ。
緋桜「わぁぁ、樒、早く逃げて! 捕まっちゃう!」
混乱するわたしの耳に緋桜の声が入ってきたが、わたしはどうしようと目を右左に動かすばかりで、足に力は入らない。
夏城:しょうがねぇな。
夏城「おい、こいつに何か用か?」
樒「夏城君、だ、だめだよ、まだわたし怪我したわけでもないし」
夏城:怪我してからじゃ遅いんだよ。
夏城「そいつの手を離せ。お前は藤坂たちのところに行ってろ」
樒「はい。あ、でも傷つけちゃだめだよ」
夏城:自分の身の危険、分かってんのかよ。
夏城「……分かってる。三井、ちょっと来てくれ」
堂々と臆することなく青年は言った。でも、言葉のあと、悲しげに目元を緩めて微笑んだ。
ユグリッド「聖様、覚えていないかもしれませんが、俺はずっと貴女が大好きだったんですよ」
夏城:なんだと、この野郎。俺がずっと言えなかったことをなにをさらっと言ってやがんだ。というか聖、こんな奴と親しかったなんて、俺は聞いてないぞ。
樒「ごめんなさい、わたし、聖のこと全部覚えてるわけじゃないの。だから、あなたが誰かも分からない。――名前、教えてくれますか?」
夏城:いい、思い出さなくていい。こんなやつのこと、思い出さなくていい。
ユグリッド「ユグリッド。ユグリッド・ダストーク。炎様の作った慈愛院に遊びに来た貴女に、その昔ひとめぼれしたんです」
夏城:慈愛院、ぶっ潰す。
夏城「おい……、慈愛院ぶっ潰すとは思ってないぞ」
和泉「え、そのほうが面白いかと、思っ……ぎゃぁぁぁぁぁっ」
三井「でも、ユグリッドぶっ殺す、とは思っただろ」(にやにやにやにや)
夏城「……お前も微弱電流、試されたいか?」
三井「(ぶるぶるぶるぶる)めっそうもございません」
ユグリッド「聖様! 今生もお可愛いです! 俺、また貴方に恋をしてもいいですか!?」
(樒の手をとろうとしたユグリッドの手を、洋海が片手でわし掴む)
洋海「おい、姉ちゃんに用があるなら、先に俺通してもらおうか?」
ぺちぺちぺちぺち(白虎の縁でユグリッドのほっぺたをやさしく叩く)
樒「ひ、洋海~」(苦笑)
星「守景、俺もお前を通さなきゃだめか?」
洋海「∑はっ。(びしっと気をつけ)いえ、夏城さんはいつでもどうぞ、好きなだけ姉とお話してやってくださいっ!」
葵「あいつも気苦労が絶えないねぇ」
桔梗「自分で選んだ道だもの。しょうがないわよね」
宏希「でも一番の悲劇は」
葵、桔梗、宏希、徹「弟だとしか思われてないことだよなー(ねー)」
洋海「いいんですよっ、俺は。……側で守れれば、それで」
葵、桔梗、宏希、徹「報われねー(ないわね)」(溜息交じりに首を振る)
茉莉「はぁ……」
(ついでに遠くから覗いていた茉莉も溜息をつく)