同日、ちょっと前。
三井家。
徹(小児科医)「なぁ、今日樒ちゃん来てなかったか?」
佳杜菜(産婦人科医)「いらっしゃいましたよ」
徹「えっ、それってやっぱり……!!」(おもむろに携帯に手を伸ばす)
佳杜菜「無粋なことはおやめくださいませ。きっと、まだお話していませんわ」
徹「え、なんで?」
佳杜菜「今日の試合に勝ったら報告するとおっしゃっていましたから」
徹「今日……! ああ、サッカーの試合に集中させてあげるため?」
佳杜菜「それもあるのでしょうけれど、ゲン担ぎなのでは?」
徹「なるほど、勝った日に知れた方が縁起がいいもんな。でも、待てよ、もし負けたら?」
佳杜菜「勝つまでお預け……」
徹「んなわけないよな? 言うよな? うっかり俺様が口滑らしたら、父親より俺様の方が先に知っちまったこと、あいつが許すわけないもんな。うわぁ、勝ってくれ、勝ってくれよぉぉぉ~っ」
佳杜菜「勝っても負けてもあなた、おっしゃってしまいそうですわね」
徹「いや、それは、守秘義務にかけて! もし星から報告あったら、初めて聞いたようにそれはもう大げさに驚いてみせるよ!」
佳杜菜「それはむしろ勘付かれてしまうのでは? あなた隠し事下手ですもの」
徹「うっ、いや、でもがんばる。星が父親だぞ? 記念すべき初めての子だぞ? 初めては重要だ。大切だ。一回しかないからな」
佳杜菜「そうですわね。わたくしたちにとっても智(あきら)は特別な子ですものね」(ベビーサークルの中で眠る女の子をちらりと見つめる)
徹「だな。で、だな……その、二人目も特別な存在になると思うんだが……」
佳杜菜「ですわね。きっと、特別な存在になりますわ」(お腹をさする)
徹「えっ、まさか、佳杜菜ちゃん、二人目……!?」
佳杜菜「うふふ。わたくしも試合に勝ってからと思っていたのですけれど、一足早くお伝えさせていただきますわ」
徹「うぉぉぉぉっ、やったぁぁぁぁっ、ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」
佳杜菜「徹様、声が大きすぎますわ」
佳杜菜父「(階段の下から)どうした? 何かあったのか、佳杜菜!」(←二世帯住宅兼小児科と産婦人科の併用住宅)
佳杜菜「ほら」
徹「あ……っ(頭を掻く)お父さんとお母さんにはもう?」
佳杜菜「まだに決まっていますでしょう。こういうことは旦那様にお話をしてからと決まっております」
徹「ふぉぉっ。(ぎゅっと佳杜菜を抱きしめる)ありがとう、佳杜菜ちゃん。(腕を緩めて)よし、お父さんたちに報告に行くか!」
佳杜菜「はい!」
徹「(智をベビーサークルから抱き上げ、佳杜菜を振り返る)なぁ、佳杜菜ちゃん。俺様達さ、まさかこんな風に未来が来るなんて思わなかったよな」
佳杜菜「(ふっと微苦笑して)そうですわね」
徹「星も樒ちゃんもそうだろうな。きっと……俺様達とはまた違った想い、噛みしめるんだろうな」
佳杜菜「そう、ですわね」
徹「俺様達は、その、……俺様は、あの時生まれた子供たちを取り戻してる感じなんだ。だから、ああ、ようやく還ってきてくれたって、お帰りって、俺様は思うんだ」
(佳杜菜、そっと徹の腕を胸に抱きしめる)
徹「あいつらはさ、正真正銘、初めての、子、だろ? もっと前は一人いたみたいだけど、それだって、さ、ちょっと複雑だったみたいだし。あいつらの時間、ようやく動き出したんだな。これまで見たことも経験したこともなかった時間がーー<予言書>にもなかった時間がちゃんと訪れてるんだな」(男泣き)
佳杜菜「(ハンカチで徹の目元を拭って)お二人には感謝しませんとね」
徹「ああ。それからもう一人……(窓の向こうの空を見上げる)」
佳杜菜「いつか、きっとまたお会いになれますわ。この毎日はあの方が見守ってくださっているおかげですもの」
徹「そうだな。きっとあいつにも伝わってるよな」
佳杜菜「ええ、きっと」
徹「よし、行こうか。あ、その前に、智~、お前、お姉ちゃんになるんだぞ~」
佳杜菜「ふふふ、そうでしたわ。智、あなたお姉ちゃんになるんですのよ~」
智「(起きて、二人に小さな手を伸ばす)あ~ぶぅ~っ」
(笑いあう二人。いや、三人)
徹「行こうか」
佳杜菜「はい、徹様」
(二人の階段を降りるスリッパの音が嬉しそうに階段室にこだまする)
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