麗、海に言われた通り海の部屋にやってくる。綺瑪も育と思ってお茶をふるまうが、麗は綺瑪を海と思い手を掴む。
「海……」
それが綺瑪には「綺瑪」と育の声で聞こえている。
びくりと肩を震わせてしまったのに気付かれていなければいいと思いながら綺瑪は平静を装う。
「いけませんよ、育様。私たちはそんな……」
「海!」
麗は綺瑪を引き寄せ口づけ、抱き上げて寝台へと運ぶ。
「何をなさるのです! いけません、だめです、おやめください!」
「約束通りに今日ここに来たら、僕の願いを聞いてくれる約束だ」
「そんな約束……」
「知らないというの? でも、そんなこと言えないようにしてあげる。海姉上、僕はずっとあなたが好きだった」
「だめよ、育。こんなことをしたらあとでどれだけ大変なことになるか……」
「それも覚悟の上で僕を誘ったんでしょう?」
「誘ってなんか……」
「ほら、もう貴女は僕のものだ……」
「やめて。だめよ。今ここでそんなことになったら、私たち今まで何のために……だめ、だめよ、……ああっ、蘇静様……っ!?」
ここで綺瑪にかけられていた海の魔法が解ける。
綺瑪が見たものは育ではなく麗。
悲鳴を上げて逃げようとしても逃げられず、助けを求めてもだれも現れず、と思ったらうっすら開いた戸口から海の姿が見えた。
「やめて、やめて、やめて。放して、麗!!」
綺瑪は育だと思って許したら途中で海の香が切れたために麗と気づいて悲鳴を上げたが、麗は魔法が解けていないため、海だと思って抱き続けた。
扉の隙間から海がにやりと笑っているのが見えて綺瑪は失意のどん底に落とされる。
これが悲哀の源。
仕えるべき主人に疎まれひどい仕打ちを受けた。
すべてが終わって泣き崩れる綺瑪と海と思って宥める麗のいる部屋に海が入ってくる。
麗は二人の海を目の前にして呆気にとられる。
部屋に入ってきた海は満足げに妖艶な笑みを浮かべて麗に言う。
「もういいわよ。このことは私とあなたの秘密ね」
麗はそう言われ、何が何だかわからなかったが急に恐ろしくなって二人の海を目の前に逃げるように部屋を出ることになる。
部屋に残された海と綺瑪。
海は綺瑪に近づき、顎をつまんで綺瑪の泣き顔を上げさせる。
「どうだった? 麗の味は。ふふふ、あの子ったらすっかり貴女を私だと信じていたわね。かわいかったわ~、あんなに顔を紅潮させて貴女にむさぼりついて。私じゃないとも知らずに」
「麗に何を吹き込んだの?」
「吹き込んだ? 人聞きの悪い。この時間、この部屋で待ってるわといっただけよ」
「海……貴女って人は……っ!!」
綺瑪はかみ合わなくなった奥歯をがちがちといわせながら血走った目で海を睨みつけ、思い余って藍流で海の腹を刺す。
「殺す? 私を? いいわよ。殺しなさい。でも、水海法王はいなくなるわけにはいかない。私たちはまだ死ぬわけにはいかない」
海はこれから死のうとしているようにはとても見えない顔で嗤う。したり、と。
「何を、企んで……」
「綺瑪。貴女に最高の居場所を提供してあげる」
海の凄絶な笑みに綺瑪はぞっとした。
「魔法石を、返すわ」
ずっ……と音を立てて海の魔法石が綺瑪の中に入れられていく。
「あ、ああああああああああっ」
「綺瑪、これからは貴女が海になるの。法王たちの長女、海。育と身体を重ねることはできないわ。龍と恋人同士のふりをすることも。麗にはこれからも言い寄られ、統仲王には規律倫理を乱すものとして疎まれ続けることでしょう。淫乱な海。貴女は決して最も愛する人とは結ばれないの。ソジョウ様? 誰それ。育だけじゃなかったのね、貴女が色目を使っていたのは。でも、きっとその人とも結ばれない」
「だまれ、だまれだまれだまれだまれ!」
「ああ、それだったの。それが、あなたの弱点だったのね。いいことを知ったわ。次に会うのが楽しみね」
魔法石から海の魂が離れ、昇華していく。代わりに綺瑪の魂が吸い込まれ、海の体へと魔法石は引き寄せられて中へと吸収されていく。
そして、一足遅く育が来る。
そこにはベッドに裸で横たわる綺瑪の身体と、床に仰向けに倒れている海の身体。
育はまず綺瑪の身体を抱き寄せ息をしているか確認し、していないのを聞いて天を仰いで慟哭。
続いて藍流を腹に刺された海を憎らしげに睨みつけ、キスを落としてからシーツをかけて寝台に再び横たえた。
今度は海を抱き起し、藍流を引き抜く。
あふれ出る赤い血は脈に沿って強弱がついている。
生きている。
綺瑪が死んだのに海はまだ、息をしている。
そこで気が付く。綺瑪が生きていなければ使えないはずの藍流がまだ存在していることに。
育は綺瑪を見上げてからもう一度海を見つめた。
「綺、瑪……?」
気が付く綺瑪in海。
「育……? どうして、ここ……あ、私……?」
「綺瑪、なのか?」
「育、私、うっ……」
「今治す」
育、海の腹部の傷に手を当て治癒する。
その間に綺瑪は見慣れない場所にある手のほくろや形から、自分が綺瑪の身体ではないことを知っていく。
「育」
治癒が終わって綺瑪は呼びかける。その声が海であることに気づいて口を噤む。
育、じっと綺瑪in海を見つめた後、何も言わずに抱き起した海に口づけようとする。
「だめっ」
綺瑪はもちろん拒む。
ふっといくは安心したようにしかし苦いものは拭い去れないままの表情で目元を緩める。
「やっぱり、綺瑪だ。海なら、拒まない」
育、改めて綺瑪in海を抱きしめる。
「やめて、放して。放して……!」
「嫌だ」
「放して、放して、育……」
育、無理やり口づける。
「やめて、海の身体なのに……貴女が一番苦手な人の……」
「もっと早く来ればよかった。育のふりなんかしてないで、私なら瞬時に君の元に来られた」
「!!!」
「綺瑪、ごめん。綺瑪。こんな目に遭わせて、ごめん。こんなことなら早く、海になど遠慮せず早く、君を私のものにしてしまえばよかった」
「育……蘇静、様……」
できることなら綺瑪の身体で、結ばれたかった。それでも、繋がっている間は身体の存在を忘れられた。
お互い、触れ合いたいがために罪を犯してここまで来た。
やはり罪は償わねばならないのだと、望まぬ身体での情事が訴える。
「身体など、創らなければよかった」
「でも、これがなければ貴方は私に触れられない。私は貴方に触れられない」
「それでも、こんな形では結ばれたくなかった。本当の君に触れたかった」
「触れているわ。……わかるでしょう?」
「綺瑪」
「これが、最初で最後。私たちは罪を犯したのだから、」
『償わなければならない』
そして。
「何、しているの……!?」
束の間の甘い時は、真相が気になって戻ってきた麗により壊された。
育と海の情事を目撃し、海にもてあそばれたと悟った麗は復讐に育と海のことを統仲王に告げてしまう。
そして二人は公的な場以外では会えなくなってしまった。
二人は、それでよかったと思った。
秘密裏に逢えるままでは、こんな姿でもどうしようもないほどにお互いを求めてしまうと分かっていたから。
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