風と藍鐘和がはじめて出会ったのは、天宮で六歳の時だった。
同年代の友人として引き合わされたのである。
風はまだ天宮は愛優妃の手元で傅育されていた。
広間や部屋という形式張った場所ではなく、庭園で愛優妃と風が遊んでいるところに藍鐘和が案内された形であった。
形式的な例に則って挨拶を始めた藍鐘和に風は手を差し出す。
「君の心はわかったから、さ、遊ぼう。あっちに噴水があるんだ」
恐縮しながら風の手をとろうとした藍鐘和は、顔をあげてはっと風の顔の向こうを見透かす。
「あなたは……」
どなたですか、という言葉を慌てて飲み込む。
風は小首をかしげ、「行こう」伸ばされかけた藍鐘和の手を引き立たせ、走り出した。
愛優妃や藍鐘和をつれてきた志賀宮の后の目や耳が届かなくなったところを見計らい、風は藍鐘和の手を放し、立ち止まる。
振り返った風の顔は、作りこそはそのままだが六歳のそれではなかった。
「何が見えた?」
低めた声に笑いが混じる。
ぞっとして藍鐘和は一歩後ずさる。
「なにか見えたんだろう? 君には生まれつきそういう力が与えられていると聞いている」
「それは……」
「誰にも言ってはいけないと言われている力、なんだろ? 統仲王と愛優妃はね、君を僕の監視役にしたんだよ。僕が勝手な真似できないようにね。ああ、その表情じゃそこまではまだ聞かされていなかったのか。悪いことをしたね。でも、そういうことだよ。僕は腹の探り合いは苦手でね。これから永く友人として付き合っていくなら気なんか置きたくないだろ?」
嘘だ。絶対嘘だ。
腹の探り合いが苦手なんて絶対嘘だ。むしろこいつはそういうのが大好きだ。今だってこいつは先手必勝とばかりに打ってきたんだから。
唾を呑み込んだ藍鐘和は、意を決して口を開こうとした。
「ぷっ、はっはははははははっ」
突然笑いだした風に、藍鐘和は思わず鼻白んだ。
「なっ……」
「君は正直者だね。ほんとバカがつくほど」
「ば、バカとはなんだ!」
「見えたもの、聞いたものがすぐに顔に出る」
「っ」
「そんなばか正直な君を僕につけるなんて、統仲王も愛優妃も何を考えているんだか」
「さっきから聞いていると、両親でありこの世の柱であるお二方を呼び捨てだなんて、いくら血を分けているからとはいえ不敬だぞ」
「いいんだよ、僕は。理由が知りたいなら覗いてみればいい」
ぐっと息を呑んだものの、藍鐘和は首を振って顔を伏せた。
暫しの重い沈黙の後、風は参ったというように溜め息をついた。
「わかったわかった。君は正直な上に誠実なんだな。統仲王と愛優妃が君を僕につけた理由がわかった気がするよ。君がその力を授けられた理由もね」
「風様、私は……」
「風でいいよ、藍鐘和。僕は君を信じることにするよ。君は正直で誠実で実直だ。何より分かりやすい。すぐ顔に出る。疑う余地もないほどに」
「ば、ばかに……」
「羨ましいよ。どれだけの情報に呑まれているかは知らないが、その年で正気を保っていられるだけでも大したものだ」
「……っ」
「僕の側にいてくれないか? 友だなんて図々しいことは言わないから、僕の側に……」
差し出された手を藍鐘和は見つめる。
この手は目の前にいる金髪碧眼の少年のものなのか、その後ろに透けて見える青年のものなのか。
峻巡して、藍鐘和は目を閉じた。
目を開いたとき、見えたものを信じよう。
そう決めて、ゆっくりと目を開き、風を見上げる。
金髪碧眼の少年がいた。
藍鐘和はもう一度目を閉じる。
青年の方は怖い。
だけど、今見えた少年の彼なら、僕も信じよう。
目を開けたとき、藍鐘和は自ら風の手をとった。
「僕をがっかりさせないでくれ」
「おっ、言うね。そっちが本性か。それならなおさら、僕も大歓迎だ」
『ふっ……ふふふふふふ』
庭園に、およそ子供のものとは思えない笑い声が響き、子供の姿をした二人は手を取り合って噴水へと向かって走っていった。
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