2
維斗「詩音の作ったホットケーキは絶品ですね~」
詩音「手をかけて粉篩ってるからね」
維斗「このれんげの蜂蜜と生クリームとの相性も最高」
詩音「ふふふ、幸せでしょう?」
維斗「(詩音をじっと見て)詩音が楽しそうだから、余計美味しいのかもしれませんね」
詩音「……やっだぁ、何言ってんのよ、維斗ったら。柄にもないこと言っちゃって。もう、おまけしないぞ☆」
維斗「隙アリっ!」(詩音のプレートからホットケーキを一枚フォークで刺してそのまま口へ)
詩音「あああああああああっっっ」
3
維斗「詩音の作ったバースデーケーキは今年も最高ですね~。チョコクリーム、こんなにたくさん食べられるなんて、僕はなんて幸せ者なんでしょう」
詩音「夏だからすぐ溶けちゃうのが難点だけどね」
維斗「詩音は将来、何になりたいんですか?」
詩音「え? 将来?」
維斗「高校卒業して、普通だったらエスカレーターでこのまま大学に行くと思いますけど、その後です」
詩音「……あんたはどうせおじさんの後ついでグループの社長になるんでしょ?」
維斗「まぁ、何もなければその予定ですが」
詩音「あたしは別に、特に今のところそんな、何になりたいとかは……」
維斗「詩音がお店出したいっていうなら、いくらか投資させていただきますよ?」
詩音「えっ? お店?」
維斗「何をいまさら。小さい頃の夢、ケーキ屋さんになる、だったでしょう? 今風に言えばパティシエ。フランスに留学しておいしいお菓子もっと作ってくださいよ」
詩音「……あんた、覚えてたの」
維斗「もちろん。何も僕に遠慮することなんかないんですよ。僕だって決められているから社長になろうというわけでもありませんし」
詩音「え、そうなの?」
維斗「面白そうじゃないですか、経営。多角的に攻めるか、ニッチを責めるか。どうすれば最高の利益が生み出せるのか、自分の腕で会社の命運が決まるんですよ。これほど熱くなれるものがあるでしょうか」
詩音「事業内容はさておき、経営者になりたいっていうのもまた一つの夢ってことなのね」
維斗「儲かる事業の開拓は燃えますよ」
詩音「あんたが経営オタクだとは知らなかったわ」
維斗「だから、その事業の一環として、ケーキ屋さん、やりませんか?」
詩音「あ、結局自分の好きなものプロデュースするのね。でもお断り。会社の命運、あたしのケーキ屋にかけられたら重すぎて潰れるわ」
維斗「仕方ありませんね。それなら僕がポケットマネーでお店出してあげますよ。それなら構わないでしょう? お代は毎日チョコレート系のお菓子を持ってきてくれればいいですから」
詩音「あんた、毎日チョコレート系のお菓子食べてたらメタボで早死にするわよ」
維斗「じゃ、太らないチョコレートのお菓子作ってきてください」
詩音「無茶いうな」
維斗「(ふっと顔に哀愁を漂わせて)叶えたい……夢でしたね」
詩音「……もうっ、まだわからないでしょ」
維斗「僕が死んでも詩音がお店出せるように、ちゃんと遺言しておきますね」
詩音「縁起でもないこと言うなっ。でも、……維斗が死ぬときは世界が終わるときなんでしょう? それなら、あたしもいなくなっちゃうもの。心配ないわ」
維斗「そうならないように、何とかしたいものですね」(テーブルの上の分厚い予言書を片目で見遣って)
4
維斗「ミントのアイスもチョコチップに限りますねぇ」
詩音「ミントは水で自家栽培したのを使ってるのよ」
維斗「ああ、このスースーした感じとチョコチップの甘ったるい感じがたまらない」
詩音「それから、はい、ミントのジンジャーエール割りライム添え」
維斗「夏ですねぇ~(ずずずずず)」
詩音「音を立てて吸わない!」
維斗「ねぇ、詩音」
詩音「なによ?」
維斗「髪、伸ばさないんですか?」
詩音「いっ、いきなり何よ!?」
維斗「ショートも似合うとは思うんですけどね、でもその、ほら、愛優妃としてのイメージが……もっと女性らしくというか、大人しくというか、穏やかにというか……」
詩音「失礼な! あんたさえいなければ、あたしはもっと大和撫子のごとく大人しいんですよーっだ。そも、ショートカットの女ががさつだとか気が強いとか、世の女性たちに失礼よ!」
維斗「髪、長い方がもっとかわいいと思うんだけどなぁ(詩音に顔を近づけ短い髪に指を伸ばして)」
詩音「ぅわっ、近っ。何すんのよ!」
維斗「ね、ほら、髪短いとこんな顔近くなっちゃうんですよ。髪だって指に巻けないし」
詩音「女の子か、あんたは! 人形遊びしてるんじゃないんだから」
維斗「まだ気にしてます? 『そんなに髪長くしてても、ちっともかわいくない』って言ったこと」
詩音「……き、気にしてるわけないじゃない。あんな小さい時のこと。それもあんたの言葉なんかに影響されるわけないでしょっ。髪引っ張ってブーッスって言ったことなら覚えてるけどねっ」
維斗「えー、そんなやんちゃでしたっけ。照れ隠しじゃないですか? 髪が長かった時の詩音はとてもかわいかったですもの。お人形さんみたいで。あの時のように腰まで伸ばすのは大変かもしれませんけど、せめて肩にかかるくらいに伸びてくれれば触れやすくなるのに」(耳にかかる短い髪に指を絡めて軽く口づける)
詩音「○☆Σ*×τ△っ!????」
維斗「あ、髪が短いから耳まで食べちゃった♡」
詩音「おーのーれーっ、耳まで食べちゃった♡ じゃないわぁぁぁぁっ。あたしは食べ物じゃなぁぁぁぁぁぁぁぁいっっっっっ」
維斗「え、女の子は食べ物でしょう?」
詩音「きーさーまーっ、その年でそういうセクハラ発言するかぁぁぁぁっ」
維斗「(かるーく詩音をソファに押し倒して)じゃ、訂正します。詩音は僕にとっては大事なご褒美です」
詩音「ご、ご褒美って何よ!?」
維斗「もし来年もまたここで詩音のお菓子が食べられたらいいなって話です。チョコレート系の」
詩音「強調すべきはそこか」
維斗「だから、次の誕生日までに髪、伸ばしといてください。チョコレートのように、掬いとって口づけられるくらいに」(額に口づける)
詩音「……か、考えとくわ(赤面)……(維斗、頬や鼻梁にもキスしだす)だから、ストップ! それって来年まで待つって意味でしょ?!」
維斗「え、そんなこと言いましたか?」
詩音「『え、そんなこと言いましたか?』じゃなぁぁぁぁいっ! えいっ、離れろ、暑苦しいっ」
(詩音、維斗をうっちゃってテーブルの空になった皿を片しだす)
詩音「ほんっと油断も隙もありゃしないんだから」
維斗「後悔しません?」
詩音「何を」
維斗「来年まで、お預けで」
詩音「……はぁっ、ばかね。(予言書の運命)変えてくれるんでしょ? 何もできてないのにご褒美なんてあげられませーん」
維斗「(肩をすくめて)あーあー、自分でハードルあげてしまいましたね」
詩音「自業自得よ」
維斗「これは手厳しい」
詩音「もうっ、ほら、さっさと食べないからアイス溶けてきたじゃない。残さず食べてよね」
維斗「わかってますよ。甘いもの、残したことないでしょう?」
詩音「(なぜか赤面)もういいから、早くっ」
維斗「あははははははははっ」
(詩音、重ねたお皿を持ってキッチンへ)
維斗「本当は、僕にできることなんて何もないんですけどね。みんなが生まれ変わるまで、統仲王を引き留めておくことくらいしか」(ライムを絞ったジュースをストローで思いっきり吸い込む)
詩音「(キッチンから振り向いて)こら維斗っ、音を立てて吸わなーいっ!」
維斗「はぁーい」
詩音「ったく、何にやにやしてんのよ、ほんとにもうっ」
(お皿を洗い始めた詩音のところへ、維斗、空になったグラスを運ぶ)
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