「いきなさい、キルアス!!!」
思い切り叫んでいた。
あの子が戻ってこようとしていたから。
優しい子だということは、私が一番よく知っている。
その優しさに何度助けられ、何度騙されるのではないかとはらはらしたことか。
できることなら、皇子などという立場のある身ではなく、普通の男の子として育てたかった。
そうすればきっと、疑うことを知らず、まっすぐ人を信じられるとてもいい子になったでしょう。
それだけではこの世界は生きていけないというのなら、この世界が間違えているの。
いいえ、きっと信じることだけでもこの子なら十分、円満に生きていくことができたでしょう。
いらぬ猜疑の種を植え付けてしまったのは、私。
もっと早くに、この子がお腹の中にいるうちに、あんな場所は出てしまうべきだった。
地位には未練などない。
ただ、あの男は――生涯ただ一人だと、思ってしまった。
本当はもっと私にふさわしい身分と優しさを持つ男がいたのかもしれないのに、あれだけ数多の男を見てきておきながら、あの男だけだと思ってしまった。
叶えてはいけないわがままを、彼の甘言に見て見ぬふりをしてたくさんの人を傷つけてここまで来てしまった。
かくなる上は、キルアス、よく聞きなさい。
お前は幸せに生きなければダメ。
地位など捨ててしまいなさい。貴方の人生を担保するものにはなりえないから。
エマンダへの憎悪も捨てなさい。
間違っても、この自分のわがままで身を滅ぼす母のために復讐しようなど思わないことです。
エマンダ、あの女(ひと)はあの女で、いろいろと辛い思いをしてきているのです。
だから許してあげなさい。
もしどうしても復讐したいというのなら、生きることです。
生きて、生きて生きぬいて、笑ってあの女にいつか再会してやりなさい。
あなたの差し向けた刺客は、意味のないものでしたよ、私は今こんなに幸せなんですよ、と、老いたあの女に言ってやりなさい。
キルアス、優しい子。
振り返ってはいけないと言ったのに、振り向きましたね?
何があっても戻ってはいけないと言ったのに、私が生きていると見るや助けに来ようとしましたね?
貴方のその優しさが、いつか自分の身を滅ぼしてしまいませんように。
身を守るために身に着けたその猜疑心と優しさの狭間で、苦しむことがありませんように。
さあ、行きなさい。
母の幸せは、貴方の幸せです。
生きなさい、キルアス。
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