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聖封神儀伝専用 王様の耳はロバの耳

「聖封神儀伝」のネタバレを含む妄想小ネタ雑記。

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〈嫉妬〉――アケルナ

「皇女(ひめ)さん。俺ぁ、あんたに惚れた。あんたのその一途な姿に心底惚れたよ。想いを断ち切るために生まれ変わって尚、同じ奴を愛してるなんて、生粋の馬鹿な女だ。だから俺の妻になれ」

グルシェース。
馬鹿な人。別な男しか見えてない私を妻にするだなんて。
でも、感謝しているのよ?
貴方に無理やり闇獄界に連れてこられたおかげで、私は二度と光を仰ぐことはなくなった。二度と、あの人の姿を目で探さなくてもよくなった。だって、どんなに探したってあの人がこの世界に来ることはけしてないもの。

世界を引き離されて、私はようやくあの人の呪縛から逃れられそう。
転生して尚、記憶が残されているなんて、あの人のせめてもの私への嫌がらせだったんでしょうね。ええ、罰なんて前向きな捉え方なんかしてあげないわ。これは嫌がらせなのよ。私だけがメビウスの輪から抜け出してしまわないように、私を海という罪人の記憶の中に閉じ込めたのね。

目の前には私を愛する男。
知ってるのよ、グルシェース。
貴方が好きなのは、前世の記憶に縛られ、あの人を世界を隔てられて尚探す一途な女なのでしょう? なのに、毎夜毎夜貴方の腕の中で喘がせて。あの人のことを想いながら喘ぐ私が、貴方は好きなのよね。子供みたいに心から愛情を欲しがっているのに、昔のトラウマで受け取れないと必死に自分に罰を課そうとしているのよね。別な男を愛している女を抱くのが、貴方は好きなのだわ。好き――違うわね。そういう女しか、貴方は抱けないのよ。

グルシェース。非道い男。
貴方も私に演技しろというのね。
あの人はわたしに妹であることを望んだ。
貴方は、私に心だけは譲り渡さない貞淑な女であることを望んだ。
貴方は、私を愛しているんじゃないわ。私に罰を与えて欲しいだけなのよ。心から幸せにならないために。少しでも幸せに浸ろうとすれば、腹の虫が疼くのでしょう? 抑え切れなければ燃やし尽くされてしまうのでしょう?

ああ、どうして私の好きになる男はいつも私を見てはくれないのだろう。
それでも、好きなんです。グルシェース。貴方が精一杯与えてくれた偽りの愛が、私の心をあの人から解放してくれました。私の目には、今はもう貴方しか映りません。心から、貴方のことが大好きです。
だから、私は貴方のことを心底幸せには出来ないでしょう。
私が身体だけでなく、心まで貴方に染めつくされていると貴方が知ったら、貴方はきっと〈憤怒〉の炎に燃やし尽くされてしまう。
自惚れじゃなく、貴方が心底私の心を欲しがっていることを知っているから、私は貴方に私の心を素直に差し出すことは出来ないのです。
抱かれる度に、貴方の腕の中で嫌がって見せなければならないのです。
決して、愛しているなどと口走ることは許されないのです。

グルシェース。
私だけが知っているこの真実。私は私の命尽きるまで貴方の側にいたいから、誰にも明かさず、そっと私の胸だけにしまっておきましょう。


「グルシェースが、死んだ? グルシェースが、死……?」
信じられないという思いは、信じたくないという願望とあい混ざって猜疑となって夫の腹心に向けられた。
「はい。天龍法王との一騎打ちで、あえなく共倒れとなりました」
「共倒れ? 共倒れということは、輪生環を探せば……」
「いえ、僅かにグルシェースの方が先に事切れ、天龍法王の蒼竜に炎ごと魂を滅されました」
目の前に、天龍の国の真っ白な雪原が広がったようだった。
「おぉ……おぉ……」
壁に爪を立てても、あえなく私の身体は床に崩れ落ちた。
「グルシェース、グルシェース……私は、私は貴方のことを……まだ、言ってない……私が死ぬ時に告げようと、私は……私が死んでから、貴方も死ぬものだと……そんな我が儘くらい許してくれると……グルシェース……」
目の前には何も映ってはいなかった。
グルシェースの面影を描こうとしても、あの豪快な笑い声を思い出そうとしても、何一つとして正しく思い出せることはなかった。どこかが、ぼやける。
「ゾーゲスト、私は、私は……」
「存じております。貴女は、心からあの男に惚れておいででした」
唯一無二の主であり、親友であったはずの男が魂すら残さず消滅したというのに、彼の声はあまりにも情がなさ過ぎた。
「貴方は、まるでロボットね。あれほど主人が頼みとしていたのに、友情さえ感じていないの?!」
床を叩いて見上げた私を、ゾーゲストは雑巾でも見るかのような目で見下ろして言った。
「私はロボットではありません。一応、血は通っております」
「嘘よ! 貴方、よくもその顔で私に主人の悲報を告げられたわね? 気づいてないとは言わせないわよ。貴方のその顔、龍にそっくりなのよ! 吐き気がする! 下がりなさい! もう二度と私の前に顔を見せないで!!」
ゾーゲストの身体を伝うように這い上がった私は、血に染まった軍服の固い胸倉を掴んで何度も何度も彼の頬を殴っていた。
「返して! 返してよ! 私のグルシェースを返してぇぇぇぇぇっっっっ」
殴られるがままに、ゾーゲストはその場に突っ立っている。よろめきもせずに。
それがかえって、私には嫌味にしか思えなかった。
「返してよぉ。どうして貴方が生きててあの人は帰ってこないのよぉ……貴方も、死んじゃえばよかったのに。戻ってこなくてよかったのに。何で貴方だけ帰ってきたのよぉ……。どうしてグルシェースを守ってくれなかったのよぉ……」
どれだけ殴ったか、知れない。
拳が赤く腫れあがっても痛みは感じなかった。
ゾーゲストの顔は、龍そっくりだった原形をとどめないほどに赤に青に紫に、腫れ上がっていた。
「返し……て……」
やがてぜんまいが切れたように、私は床にへたり込んだ。
その前にゾーゲストは跪く。
「やめて。見せないで。貴方の顔なんか見たくもない。嫌いだったのよ、ずっと。龍に似すぎているから、私ずっと貴方のこと大嫌いだったのよ。グルシェースが大切にしている友人じゃなかったら……友人? 龍と顔がそっくりの……友、人……?」
私は、ふと、あれほど見たくなかったゾーゲストの顔を正面から見据えた。
焦げ茶色の髪、焦げ茶色の瞳。
似ているどころではない。髪と瞳の色以外は、ゾーゲストは眉の形から唇の形に至るまでの顔立ちも体格も、何もかもが龍をコピーしたかのようだった。まるで影武者にでもしようと誂えたかのように。もしくは、龍の肉体的な弱点でも研究するために造ったとしか思われないほどに。
「共倒れになったのに、あの人のほうが負けたのは……躊躇したのね? 貴方と瓜二つの龍を斬ることを、あの人は躊躇したのね!?」
「愛していると言っていました。貴女の心を知って尚、苦しめて申し訳なかった、とも」
「愛している? 知ってるわ。苦しめて申し訳なかった? 知らないわ、そんなこと。私、苦しんだことなど一度もなかったわ。あの人に抱かれて幸せだったわ。だって私……」
「あの男は、知っていましたよ。貴女が自分を深く愛してくれていることに。けれど、自分の寿命を思って愛していない振りを懸命にしようとしていたことに」
「知って、いた? 知っていたのに、それならどうして!?」
「どうして業火に燃やされつくさなかったのか?」
「そう、あの人の私への想いはその程度……」
「違います!」
いいかけた私の言葉を遮ったゾーゲストの声は、初めて聞くほど荒々しい怒りに満ちていた。
「違います」
そして、すぐに落ち着いた声で言いなおす。
「あの男も望んでいたのですよ。貴女の天寿が全うされるまでは共にありたいと。だから、苦しむ貴女をそのままにしていた。自分の我が儘のために」
私は、再び冷たい床にくずおれていた。
「それでも、私は一言だけでも伝えたかった。この、アケルナの口から愛しています、と……」

時は、巻き戻らない。
どんなに足掻いても、過去に歩いていくことは出来ない。
知らぬ間に腹に宿っていた子は、直後に流れていってしまった。闇獄界の科学技術をもってすればクローンを造ることも可能ではあったが、私はその子の身体に針を刺すことを許す気にはなれなかった。
グルシェースはいないのだ。試験管から生まれた子は、遺伝子は継いでいても、もはやグルシェースの子ではない。
私はその子を亡骸なきグルシェースの墓の隣りに埋めた。
帰り道、私は三つの罪を犯した。
一つは、腹の膨らんだ母を殺したこと。
もう一つは、母親の腹を割いて生まれてもいない胎児を食べたこと。
そして、仇を討とうとしたその母子の父親を殺したこと。
「許さない……あなたたちだけ幸せになるなんて、許さない……。そもそも、その辺の濁ったものから生まれた魔物である貴方達が、人の真似をして愛し合うなんて、なんておこがましいのかしら」
くすくすくす。
あはははは。
記憶に留めきれないほど闇獄宮に仕える者達の住まいを破壊して家族という家族の魂を輪生環送りにし、口の周りを血まみれにしながら闇獄宮に帰った私を、元母は悲しそうに見つめた。
私は元母の前で優雅にお辞儀をし、にっこりと微笑した。
「母上。海は今、とても幸せでございます。母上が、龍に似せて造らせたゾーゲストをグルシェースの友人として側近く使えさせてくださいましたお陰で、わたくしは今から母上の求めておられました闇獄の炎の主になります。海の時から、わたくしの幸せは母上にお仕えすること。母上の御意思を満たすこと。お慶びくださいませ。これで、世界はまた一つ平和に近づくのです。偽りの完璧に。ふふふふふ。さぁ、とくと御覧じくださいませ。兄との恋に破れ影を妬み、次の世では夫を亡くし子も失った末に幸せそうな魔物の家族を嫉んで殺め、胎児の肝をこの口に吸った女の狂いゆく様を」
もう一度優雅に礼をすると、私はスキップをしながら〈嫉妬〉の宮に入り、赤く燃え盛る炎の皿の中に身を投げた。

「食せるものなら食してみよ。我の業、汝らの腹に納まるほど浅くはないわ」

身体に痛みは感じなかった。
ただ、私はひたすら笑っていたという。宮の外にまで聞こえるほど、甲高い浅ましい声で。

そして私は、永い記憶はそのままに三度目の生を享けた。
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