恐れるものなど何もない。
私は己の心に誓った正義を貫くだけ。
己のためではない。万民のために。神界に暮らす、全ての民のために、私は己すらも投げ出そう。
彼らが戦火に怯え、犯罪に怯え、寿命待たずして死を向かえずともよいように、私が彼らの楯となり、罪を裁く矛となろう。
私は間違っていない。
私は誤ってなどいない。
この志は永遠。
たとえ、執着の炎に焼かれようとも、人々が己の命にしがみつかずともよい世の中を築けるのなら本望。
聞きたまえ、我が女神よ。
我が声よ、崇高なる女神の元へ届け。
正邪を測る天秤を持ちし、我が女神よ。今一度、我が声を聞き、その皿に我が罪と我が志とをのせて比べよ。
我が罪は罪にあらず。
我が心に誓いし理想の果てなり。
正義を貫きし我に罪を賜うとは誠に遺憾なり。
我は己に背かなかっただけ。我は己が誓いに背かなかっただけ。
我は、己の正義を全うしただけ。
我は潔白なり。
我が政道に怯える者は卑しき心根を持つ者のみなり。
なぜいたずらに我が正義を恐れる。
なぜいたずらに我が正義を疑う。
万民よ、なぜ己の記憶を疑う。汝らは穢れなき神界の民。生まれながら潔癖にして、罪を知らぬものたち。
なのになぜ、己の中に罪を探す?
我は神界の民を導く法王に仕える者。
正義と法を司る女神に膝を折りし者。
女神よ、聞きたまえ。
我が心に偽りなし。
我が正義に汚点なし。
全ての悪を排してこその穢れなき世界。
神界の掲げし理想郷とは、真白き世界ではないのか?
我は理想を実現しようとしただけ。
穢れゆく理想郷を真の姿に戻そうとしただけ。
なぜ、分かってもらえませぬ?
なぜ、その天秤は罪に傾くのでございましょう。
我が罪は、罪を犯したものを野放しにしておくことでございます。
人を殺め、人を傷つけ、人に害なす者を神界に息づかせておくことでございます。
何人も畏れることはないのです。
何人も己が良心に問う必要はないのです。
私が裁くは罪を犯したものだけ。罪を犯そうとしたものだけ。
人は潔癖であるべきなのです。
濁りなど抱えていてはいけない。濁りを抱えたものに、神界に住む権利などないのです。
ここは神の理想郷。
私は、理想郷の守り手。
間違ってなどはおりません。
私の正義は、神界の正義でございます。
私の正義を傲慢と呼ぶのなら、神界はすでに闇に堕ちているのでしょう。ならば余計、私は神界から悪を除かねばなりません。
たとえ、私自身が闇に堕ちたとて。
分かりますか?
なぜ私がこれほどまでに罪を憎むのか。
分かりますか?
なぜ、私がこれほどまでにこの世界に潔癖を望むのか。
この世は理想郷だと、私は信じて育ちました。
その私の目の前で、父は、母は、私を守って死にました。
黒い泥人形たちから私を庇って、赤い血を流して死んでいったのです。
隣の家では幼馴染の少女の家族が全員息絶えていました。
そのまた隣の家に住むいつもお菓子をくれた老婆も、最近赤ん坊が生まれたばかりの若夫婦の家も、全て黒い炎に包まれ、その中で人々は喘ぎながら死んでいきました。
果たして、あそこは神界であったのでしょうか。
あれこそが地獄。闇獄界の具象化した地だったのではないでしょうか。
私はあの町で唯一生き残りました。
火炎法王、貴女の率いてきた軍に助けられたのです。
死にたくないと震えていた私に、貴女は手を差し伸べ、言いました。
「すまない。必ず、死に怯えずともよい世界をつくる。それまでどうか、辛抱してくれ」
死に怯えずともよい世界。
誰も殺されない世界。
誰も傷つけられない世界。
私の理想は貴女の正義に基づいているのです。
思い出してください。
私の理想が罪だというのなら、絶対の正義を掲げる貴女もまた罪の塊なのです。
それでも尚、私を断罪するというのなら、私は今一度人界という世界に地獄を作り出しましょう。
貴女が、あの時私に語った理想を思い出していただくために。
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