「愛優妃。愛と優しさを兼ね備えた王のつがいとなる者」
「どうしたの。急に」
彼女は出窓によりかかって月を見上げたまま呟いた。あの様子では、部屋に現われたのがおれだとも気づいていないかもしれない。
「優しさには二つあるって学んだ。見返りを求めない愛と、自分が後で後悔しないためにかける情と。貴方のはどちらかと思って」
小さく笑って彼女はようやくおれを振り返った。
「愛はすでに名前に組み込まれてる。それなら優しさは……」
「未来、後悔することに極端におびえる子供が見せる同情」
「かもしれないわね」
「貴方はちっとも優しくないから」
「どうしたの、今日は」
「逢いたくなった」
困ったように彼女は微笑んで、おれのキスを受け入れた。
「律が見ていなきゃいいんだけど」
「見てたって関係ないだろ。それとも、妃としては王を裏切るのは良心とがめる?」
「闇の王と光の王と。私は一体どちらの妃なのかしらね」
「この世界にいる限りは闇の王の妃だろ。おれと貴女の息子の、貴女は妻だ」
「けがらわしいこと」
「変わりはしない。光の王だって貴女の兄だ」
「もう、やめて。そんなことを言いに来たのなら、帰って」
「貴女には、おれは何に見える? おれも王だよ? 闇の王の父親だ。王の父なら、おれも王だ」
「違うわ。貴方は王じゃない。貴方は王を生み出したもの。貴方は混沌。貴方は世界」
「神にもなれない」
「神は混沌に線を引くもの。神と混沌は相いれない」
「しかし、神が混沌に線を引いた結果できあがったのが世界だ。矛盾してる」
「その姿、神が理という名の線を引いた結果のものでしょう。だから、今のあなたは世界」
「愛優妃」
「なに?」
「王と妃は相いれない。神と混沌も相いれない。対になるもの。常に平等で補完しあうもの。愛優妃、その名前、変えろよ。そぐわないよ。愛も優しさも持ち合わせてない貴女には」
「それならつけて? 貴方だけが私を呼ぶための名前を」
やけに素直だった。今夜は狂っているのか、いないのか。
「月」
「月? やっぱり貴方にとって私は王のつがいなのね」
「そう、太陽の位置、強さによって形を変えるのが月。光の王が照らせば燦然と闇夜を照らし、闇の王が照らせば、漆黒の中に沈む。でも、そういう意味じゃない」
「どういう意味?」
問い返した彼女は、不安げに瞬いていた。
「おれは混沌。神と対をなすもの。貴女が光の世界に捨ててきた娘がおれの相手」
「今はもう、別の母親を持っているわ」
「いい子だった。純真で、まっすぐで、生真面目で、すぐ壊れてしまいそうだった」
「好きになった?」
おれはじっと彼女を見下ろして、もう一度その赤い唇を吸った。
「闇も光も飲み込むのが混沌。愛優妃、おれはあの子が好きだよ。助けてあげたいと思うよ」
「助けてあげて」
「でも、愛すことはできないと思う。おれがあの子に感じているのは憐憫だ。貴女の名にある優しさしかあの子にはあげられない」
「十分よ。あの方には想う方がおられるようだから」
「おれの相手はいつもそうだ。おれはいつも一方通行」
「愛されたいの?」
「愛されたい。貴方に。優しさではなく、愛を与えてほしい」
「……私は月。それなら、貴方が太陽になればいい。私の太陽に」
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